日本選手権の男子1万メートルで優勝した大迫傑=6月、名古屋市

佐久長聖高時代に大迫を指導した東海大の両角速駅伝監督

勝負師・大迫の挑戦 わが道貫き成長

201608/14

 陸上の男子1万メートルは13日(日本時間14日午前)に行われる。県勢は佐久長聖高校出身の大迫傑(すぐる)選手(25)=ナイキ・オレゴンプロジェクト=が出場する。米国でプロ生活を送るなど「独自路線」を貫いて日本のエースに成長した。同高時代に指導した東海大の両角速(はやし)駅伝監督(50)=茅野市出身=は「とにかく負けず嫌いで、勝利への思いが強かった」と語る。

 2人の出会いは2006年の全国中学大会3000メートル決勝。視察に訪れた両角監督の目に3位でゴール後、履いていたシューズを脱いで地面にたたきつけて悔しがる大迫選手(東京・金井中)の姿が飛び込んできた。

 「普通の中学生は全国で3番に入れば喜ぶ。こんなに競技に懸けている子がいるんだと思った」。両角監督は1、2位の選手ではなく大迫選手の獲得に動いた。

 高校入学後も驚かされることばかり。授業が終われば、最初にグラウンドに出てきて練習を始め、練習後の食事も風呂に入るのも1番。寮のげた箱の番号も「1番」を譲らなかった。1学年上で箱根駅伝でも活躍した村沢明伸選手(日清食品グループ・東海大出)にも練習で果敢に勝負を挑んだ。

 一方、負けず嫌いな性格ゆえに、レース後は不機嫌になり、周囲ともめるなど協調性に欠ける一面もあった。それでも両角監督は大迫選手が2年の時の全国高校駅伝でアンカー7区に起用。志願して臨んだ大迫選手は期待に応える区間賞の走りで初優勝に貢献した。

 そんな大迫選手の心境に変化が見えたのは、アキレス腱(けん)のけがに苦しんだ3年の時。最後の全国高校駅伝の本番前日、チームメートを前にした決意表明で「あすはチームのために走る」と宣言した。主将だった宮坂俊輔さん(25)=専大コーチ=は「珍しいことを言ったので驚いた。けがを経験して、走れない人の気持ちが分かったのだと思った」。

 翌日は1区区間賞を獲得した。快走には満足した両角監督だが、心の変化には苦言を呈した。「本当に1番になりたいならば、他人に気を使っていたら駄目だ。おまえはそういうことは考えるな」。その意味について両角監督は「高校生として礼儀や他人への感謝は必要。でも、大迫が目指していたのは強い選手。『金太郎あめ』のような大人好みの良い選手になっては、持ち味がなくなる。教育者としては言うまじき言葉ですが」と説明する。

 勝利への執念を取り戻した大迫選手は、早大時代は「スピードが身に付かない」と駅伝練習に反発。周囲の批判を恐れず、在学中から米国に単身渡米してスピードを磨き、昨年は5000メートルで日本新記録を樹立するなど日本のエースに成長した。

 「大迫の場合、わがままとは違う。『勝ちたい』という一心、それだけ。勝負師ですよ」と両角監督。わが道を貫き通した大迫選手は日本人として16年ぶりの入賞を最大の目標に掲げて大一番に挑む。