小平選手が豊平小学校の卒業記念文集に記した文章を眺める両角さん
江陵オーバルでの初練習前、結城匡啓コーチ(左)や山中大地選手(右)と記念写真を撮る小平奈緒選手=5日

「頑張り屋さん」活躍心待ち 恩師ら茅野からエール

201802/11

 平昌(ピョンチャン)冬季五輪でメダルの期待がかかるスピードスケート女子代表で茅野市出身の小平奈緒選手(相沢病院)の初戦1500メートルが12日に迫った。恩師や同級生は、市内で開かれるパブリックビューイング(PV)を観戦する予定。小学生の頃からスケートへの真摯(しんし)な姿勢が変わらない「頑張り屋さん」を、故郷から精いっぱいの声援で後押しする。
 茅野市豊平小学校時代、大会のたびに記録を塗り替えていた小平選手。6年の時の担任で同校スケートクラブ顧問でもあった同市宮川小教諭の両角正春さん(60)は、ある大会で小平選手が優勝を逃した時の印象が今も鮮明だ。「悔しくて車の中で泣いていた。おとなしめな性格だと思っていただけに意外だった」と言う。
 小平選手は「順位はコントロールできない」と繰り返し、自分自身との闘いに徹する姿勢を貫いている。両角さんは小学5年の時の校内マラソン大会にまつわる思い出を挙げ、「今に通じるものがある」と話す。
 「6年生についていく」と目標を掲げた小平選手。大会後の感想文で6年生を抜いた喜びを表現し、「結果は2位。1位にはなれなかったけれど、タイムがよくて目標が達成できたのでよかったです」と書いた。当時から掲げた目標を達成することに価値を置いていた。
 同クラブの仲間だった茅野市豊平の会社員小平一磨さん(32)は、小平選手はクラブがなくても練習を欠かさなかったとし、「スケートに懸ける思いが別格だった」。信州大(本部・松本市)の後輩で練習を共にした同市玉川小講師の万場哲也さん(27)は、栄養管理が徹底していたとし、「努力の積み重ねが30歳を過ぎてもトップレベルにいる理由」と話した。
 豊平小のスケート教室で、同級生がリンクを10〜40周する間に小平選手は1人だけ100周以上滑っていた。「(小平選手の)競う相手は自分。特定の誰かに勝ちたいと思って滑っていたら、今のように成長していなかっただろう」と両角さん。韓国のリンクで自分と闘う小平選手の姿を心待ちにしている。