岩渕選手の健闘を祈って声援を送る同級生や地元住民ら=12日夜、上田市菅平高原
2回目のジャンプを終えた岩渕香里選手=12日、平昌

「岩渕選手、菅平の誇り」 挑戦見守った地元

201802/14

 平昌(ピョンチャン)冬季五輪第4日の12日夜、ノルディックスキー・ジャンプ女子で上田市菅平高原出身の岩渕香里選手(24)=北野建設=が12位に入った。菅平で競技を見守った地元住民や後援会員ら30人余は、入賞は逃したものの初出場ながら世界に実力を示した岩渕選手の飛躍に沸いた。
 「行け行け香里」「飛べ飛べ香里」。夜更けの菅平高原国際リゾートセンターには、岩渕選手と小中学校で同じ時間を過ごした同級生10人のうち4人が集まり、中継用に設置されたテレビの前で声を張り上げた。
 岩渕選手を「一見落ち着いているようだが、心の中は闘争心に満ちている」と評する団体職員の立花力也さん(24)。力を発揮できれば表彰台も夢じゃない―と期待を寄せたが、世界の壁は厚かった。それでも、「本人は結果に満足はしていないだろうが、世界を相手によくここまで戦った。世界で12位になったことを菅平の住民として誇りに思う」とたたえた。
 地元で後援会が発足したのは、2014年ソチ五輪が近づき、出場の可能性が取りざたされた頃。ただ、岩渕選手は松本大(松本市)の学生だった12年9月に遠征先のイタリアで両膝の前十字靱帯(じんたい)を断裂。リハビリの末、同五輪直前に競技へ復帰したが代表入りを逃した。「明るく活発な子」(立花さん)が過ごしたつらい時期を思えばこそ、五輪の舞台でのジャンプは住民らの胸を打った。
 入賞を逃し、中継を見守っていた住民が席を立ち始めた頃、インタビューを受ける岩渕選手が画面に映し出されると、会場は静まり返った。
 「本当にいろんな人が見てくれる大会だったので、笑顔で終われて良かった。自分としてはもっと頑張りたかったが(感謝の気持ちが)伝わったらいいなと思う」。言葉とは裏腹に、岩渕選手の目には涙が浮かんだ。最後まで周囲への感謝を忘れない姿に、後援会事務局長の松本規男さん(56)は「不本意な結果かもしれないが、よくけがを乗り越えてあの舞台に立った」と感慨深げ。住民らは「伝わったよ」と画面の岩渕選手に語り掛けた。
 この日の観戦は、地元の後援会と菅平区が企画した。後援会は今後、岩渕選手の帰省に合わせて五輪出場の報告会を予定している。