怪しいTV欄

2019.9/08

悪意煽る言葉 「転向」の兆しか

 変化を感じる出来事が続いています。

 情報番組や週刊誌から、政府と国民の区別もなく韓国への悪意を広く煽(あお)り得る発言が世に放たれ、問題点を明確にしない謝罪がされるだけで、また同じことが繰り返される。政権側からこのことについて、国民への影響を危ぶむような指摘や批判は一向にあがらない。現状を是認している、という以外に受け取りようがありません。

 この変化は一時的なものでしょうか。もっと大きな変化の一部でしょうか。しっかり見極めるため、過去に起きた変化を参照するのは有効な手立てです。

 先月放送されたNHKスペシャル「かくて"自由"は死せり ある新聞と戦争への道」を見直してみました。

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 治安維持法の制定に尽力した司法大臣、小川平吉(諏訪郡富士見町出身)が創刊した戦前最大の右派メディア「日本新聞」。1925(大正14)年に創刊され10年間発行されたが、その後に残った資料は少なく。今回あらたに発見されたおよそ3000日分の紙面を、番組は振り返っていきます。

 日本が勝利した日露戦争から20年。世はいわゆる大正デモクラシーに沸き、自由主義が切り開く未来に希望を持っていたはずです。そこから10年の間、2年後の日中戦争になだれ込む人心の変化は、どのようにできあがっていったのでしょうか。

 近頃の自由主義的機運は、国家の危機を招く。天皇が統治する独自の国家体制、すなわち国体を絶対視する皇国であるべきだ。それが「日本新聞」の思想です。同志には日中戦争時の首相近衛文麿など、後の首相らが多く名を連ねていました。

 例えば紙面のイラストにはそんな日本を破壊するものとして、自由主義=「英米崇拝」「亨樂主義」「露國への忠臣」「赤化主義」「賣國的」「モダンガール」が描かれています。最後の「モダンガール」はもちろん、着飾った華やかな短髪女性たち。このことが示すように、かつての日本を取り戻すことが彼らの考えの基調でした。

 それは軍の復権でもあります。民主主義の根幹を成す、議会での話し合いによる国の運営を彼らは支持していませんでした。国会は不要というわけです。

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 創刊当時は多数派ではなかったこの考え方を広めるのに役だった一つは、言葉でした。紙面に載った見出しの言葉を拾ってみると、「売国」「非国民」が頻出していたことがわかります。

 この二つは最近ネットでよく使われるようになった言葉でもあります。「国」が政治的な視点を示すようでいて、「非」や「売」は怒りの感情を請け負うこともできる漢字。だから、レッテル張りの言葉として機能する。

 「日本新聞」はこうした言葉を繰り返し紙面に踊らせる一方、地方の有力者を取り込み、支持を広げていきます。第1次大戦後のバブル崩壊に端を発する昭和恐慌、その厳しい貧困がこの支持拡大に貢献しました。貧困が、自由と民主主義を求める考えや希望を痩せさせていった経緯は、駆け足で語られてしまうのですが。

 いま起きている変化は、「日本新聞」が立ち会った「転向の10年」の一部になり得る。そのことを確認させられました。