怪しいTV欄

2020.6/14

自分の感情を重視 揺れる「境目」

 「それって、作り話なんでしょ」。実話に由来しない物語を描く映画や小説に、そう反応する人が出てきて、しばらくたちます。

 実話に由来すると聞くと、全部本当なのだと思い込む人も増えました。「メディアリテラシーが低い」などという指摘で終わらせず、その人たちに寄り添ってみると、はじめのうちは「まあ、ちょっと演出も入ってるよね」と言っていたりもします。でもそれが、「あの場面、すごく腹が立って」「あそこで泣いちゃった」と感情が駆使されるうちに、変わっていく。

 自分の感情が動かされた、それは事実です。その感情をとても重く見ることによって、区別できていたはずの実話と演出の境目が揺れてしまう、そういうことが起きるのではないかと思います。この涙は噓(うそ)じゃない、だから描かれていたことも噓だとは思いたくない、思わないでおこう、というような。
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 「見ず知らずの男女6人が共同生活する様子をただただ記録したものです」「台本は一切ございません」のナレーションで始まる、フジテレビの「テラスハウス」に出演していた女子プロレスラーの方が亡くなりました。SNSで苛烈な罵詈(ばり)雑言を浴びていたことが報道されました。

 「テラスハウス」は、米国で「リアリティーショー」と言われるジャンルの番組です。大きく分けて2種類あり、有名人の生活をウオッチングするものと、一般人を含む無名の出演者たちをある設定の中に置き、人間関係などを見て楽しむもの。他人の言動を神目線でウオッチングできるのが、魅力です。

 日本では「ドキュメントバラエティー」の枠に分類されますが、その最初の成功例は日本テレビの「進め!電波少年」でした。当時は、突然の大陸横断ヒッチハイク旅行など非日常の設定で無名の若い芸人がどんな言動をし、どう苦悩するのかをウオッチングするものでした。そのことは、彼らに書かせた日記が番組で大きな役割を果たしていたことからも確認できます。
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 一方の「テラスハウス」は、1999年スタートの「あいのり」が前身で、どちらも非日常ではなく、ちょっと背伸びした日常で、ほぼ無名の若い出演者たちの恋愛と人間関係を見て楽しむ内容。見ている人たち、特に出演者と同世代の若い人たちが、自分に近い存在として出演者たちの言動を前のめりに見て人気に。

 見るうち、いろんな感情が湧く。その感情は本物だから、見続けるうち、出演者自身についても現実と番組内現実の境目が揺れる。番組内での役割とその人自身との区別が、つけられない、わざと区別をつけないほうが心地よくもなって。

 ましてやSNSで本人に話しかけられるのだから、その区別をつけないで、リアルな自分のリアルな感情を、「番組の外」のリアルで暮らす出演者に、ぶつけたくなってしまう。生身の人間とは思わない、わざと思わないようにして。

 自分の感情に価値を見すぎる人たち。その感情を引き出しておいて、出演者を感情の暴力から守る準備を十分にはできなかった作り手。そんな状況があったのではないでしょうか。

 亡くなった木村花さんのご冥福をお祈りいたします。