怪しいTV欄

2021.12/17

太平洋戦争 80年過ぎて知る重要な事実

 開戦80年を期してNHKでは今月、「太平洋戦争開戦」をテーマとする番組が複数放送されました。以前から本欄は、戦争について検証する番組を8月だけでなく12月にも放送したほうが広い視界を得られるのではと期待していましたから、わが意を得たり。

 ETV特集枠では2週にわたって「昭和天皇が語る 開戦への道」が放送に。2年前に公開され出版も始まっている、初代宮内庁長官田島道治が昭和天皇との4年余りに及ぶ対話を書き留めた「拝謁記」。そして今年9月に公開されたばかりの、侍従長百武三郎が在任中に期した日記。この二つの貴重な、そして「新しい」資料を照らし合わせながら、研究者の解説とともに検証していく内容でした。

 即位2年目に起きた張作霖爆殺事件から日中戦争そして日米開戦までを回顧する中で、「拝謁記」には「下克上」という言葉が頻繁に登場します。陸軍の中堅幹部などに対してのこの言葉選び、そして「軍人が政治を本務ではなく興味で」関与したとして「ゴルフでも始めてじきに天狗になるし、謡曲でも習い始めには人の迷惑を構はずうたつてみたくなるもののやうだ」と指摘する。これらからは、ただ史実を聞いただけでは実感できない、感情が伝わってきます。

 当時は、天皇から組閣の大命を受けた宇垣一成が陸軍からの妨害にあって果たせず、新聞にも「組閣流産」の見出しが踊りその経緯が国民にも周知されたわけですから、その不快は想像に難くなく。一方でこのように陸軍内で軽んじられていた権威がそう年数を経ないうちに、天皇の御名を掲げての玉砕へと転じていったことに首をかしげながらも、「だからこその反転だったかもしれない」と納得するところでもあります。

 百武日記からは、南京事件がほぼリアルタイムで天皇に伝わっていたことも確認できます。うすうす聞いていたことが、英国での報道を経て確認されるという経緯。非道な暴力を意味する「アウトレイジ」という言葉も見出しに立つこれらの報道を英米の国民が目にしたことから、日本製品の不買運動も起きたことを日本の国民は知りませんでした。

 さらに、直前まで対米開戦に反対していたという一般の認識とは異なる記録も百武日記に。開戦18日前、昭和天皇へアメリカとの交渉についての説明を終えた木戸幸一内大臣から百武侍従長に、開戦に前のめりになっているように見えた、と懸念が語られていたのです。

 そしてその11日後、開戦を決定する御前会議。番組はのちの「拝謁記」での、宣戦の詔書にあった一文をめぐる、大変に興味深いやりとりを再現します。東條英機首相に「ハツキリ英米両国と袂を分つといふ事は実に忍びないといつたのだから」と開戦を全肯定しなかったのだと振り返る天皇に、「『朕が志ならんや』は宣戦の詔にはきまり文句で、日清日露のときにもあります故、これは陛下の御真意に背いて不得已(やむをえず)出すのだとは考えませぬが普通で、田島などもその一人で御座います」「そうか」。

 80年過ぎた今も、この社会が体験したとても重要な過去についてまだまだ知りえないことがある。ずっしりと重い事実です。