おやきとその作り手を残したい

 今回の連載のために取材を始めた当初、「野沢菜」も「なす」も「あんこ」こそ、中身の断面はどこのお店もみんな同じかもしれない、という不安がありました。自分がおやき屋であっても、いえ、おやき屋だからこそ、生地は店ごとに違うけれど、具に関してはそんなに鮮明に違いが出ないだろうと正直思っていました。
 ところが、実際は目からうろこの連続。半分にカットしたおやきの断面は、生地はもちろん具もみごとに全部、店ごとに違っていたのです。
 「野沢菜」と「なす」と「あんこ」(別の具のお店もありますが)のおやきの断面が勢ぞろい――。なすの厚み、あんこのつや感、野沢菜の色味や大きさ...。眺めているだけで味や食感まで伝わってきて、つい食べたくなりませんか? ずらりと並ぶおやきの断面たちは、「包まれた中身を開けてみたら、こんなにおいしそうな世界が広がってますよ」と教えてくれているようです。

 おやきの見た目は千差万別ですが、断面はさらに多種多様というまぎれもない事実。おやきを初めて目にする人の中には「外見からはおいしそうに見えない」という声もあると聞くこともあって、そのたびに「おやきは見た目で損をしている」と感じていた切なさが、少しずつ晴れていく思いでした。
 このお店、あのお店と取材を進めるほどに、伺ったお店のおやきの断面を見ることが楽しくて、わたしの方が夢中になってしまったくらいです。
 こんな新しいおやきの見せ方ができたのは、ひとえに今回取材に伺ったお店の方々のご厚意があったからこそ。みなさま、お忙しいところお時間を取っていただき、ありがとうございました。

 母がおやき屋を営んでいた1990年代頃は、同じ市内でも他のおやき店とは何の繋がりもなく、一匹狼的な商売をしていました。他店はみなライバルだと思っていたそうです。もちろん今も、お互いライバルではあるけれど、同時に"郷土食おやきを作る同胞"であるという気持ちの方が強くなっていると思います。
 だからこそ、おやき作りの秘密も、おやき業界の内輪の話もみんな、垣根をなくして話してくれたのだと思います。ヴェールに包まれたおやき屋の裏側を、皆さまに少しはお伝えできていたら嬉しいです。
 取材の最後に必ずお聞きしたのは、「将来はどうしようと思っていますか?」ということです。
 それぞれの店の現役世代がいつまで頑張れるのか、継手の候補はいるのか、店を存続していく策はあるのか。わたし自身が一番気になっていることです。将来に不安がある店は多く、それは裏を返せば、10年後には食べたくても食べられないおやきがあるかもしれない、ということです。
 家庭で作られてきた郷土食であるおやき。今はそれを店で買うことが当たり前になりました。おやき店が頑張っている限り、おやきは続いていきます。けれど、店がおやきを作れない時が来たら......。その時こそ、郷土食おやきが消滅する本当の危機到来です。だからこそ、おやきの作り手の育成と食文化の継承は必須。それが、今の時代のおやき店の使命でもあると思っています。

 わたしは、離乳食としておやきを初めて口にして、食べ過ぎておやき嫌いになり、期せずしておやき屋2代目となりました。これほどまでに、おやきと人生を共にするとは。
 未来の継手にバトンタッチできる日までもう少しの間、"竹馬の友"であるおやきを見守り続けていこうと思います。

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