守りたいもの

 8月上旬の20時頃だったか、薄暗くなる中を急いでテントに向かって歩いている時、左肩に急激に衝撃が走った。殴るというより、引っぱたくというような衝撃だ。
 最初に僕の頭をよぎったのは、「誰かいるのかな?嬉しいな」という意識だ。アラスカではいつも一人でいるせいか、他の何かに触れられるというのは雨風以外にないからかもしれない。日本ではとても理解できない感覚だろう。
 しかし、左肩には鋭い痛みが残っているし、振り返っても誰もいない。寂しさを上回って、恐怖が湧いてきた。「何が当たったんだ?」。周りを見渡す。自分の目線の高さには何も見つからない。ザックを前後に2つ背負う僕としては、真上を見上げるのもかなり億劫だが、上を見上げる。すると、ヒュッヒュッと小さく鋭い音をさせ、何かが飛んでいるのがわかった。暗くていまいちなんだかわからない。前に抱えるカメラバッグをツンドラに下ろし、すばやくズームレンズのファインダーを覗く。いた。
 「フクロウか」
 そう呟いて、シャッターを切る。陽はもう沈んでおり暗くなってきているので、想定外に最高難易度の撮影となった。数枚撮った後、木の上に止まってこちらを伺っていたコミミズクをもう一枚撮った。
 僕はおそらく、彼の巣のそばを歩いてしまったのだろう。警戒した彼が僕を引っぱいたと思われる。「ごめん」。そう思ったが、どこに巣があるかわからない。歩けばまた警戒させてしまうかもしれない。「通ります、通ります」と手刀を切りながら、ビクビク通過した。
 テントに戻り、冷静になってみると、じわじわと感動してきた。あのコミミズクは1キロにも満たない体のはずだ。僕にあれほどの痛みを負わせるほどの、あんなパワーが出せるとは。自分自身や、大切なものを守らなければという本能が持つ力なのだろうか。

 大切なものとは。ヒトにとって守りたいものとはなんだろう。
 個人にはそれぞれ大切なものがあるだろう。だが、ヒトという種として考えるのであれば、それは子や孫のやその孫まで続く、豊かな未来ではないのか。
 豊かな未来とは、崇高な願いではなく、「あれが欲しい」「これが欲しい」という欲望の延長だって構わない。地球の未来を守りたい、とみんなで思えないだろうか。日頃忙しい中でも、自分にとって本当に大事なことが何か、自分に問いかけてほしい。
 やはりそうだ。地球に生きている実感が大事なんだ。自分の家族や地域を思うのと同じように、"地球" を思うことが、我々の日常に不足しているんだ...。ううむ。ムニャムニャ......。

 そのまま眠りについて翌朝、いつもより少し遅く起きると、左肩にはミミズ腫れができていた。

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