シンリンバイソンとの出会い その1

 前話で登場したマイカーを買ったのは2016年12月。カナダのバンクーバーで見つけたfordの中古車だ。
 車でまず目指す先を真冬のイエローナイフに定め、1月初旬にバンクーバーを出発した。北上する道中、いくつものトラブルに見舞われたが、2月のある日、撮影から車に戻ると左後方の窓が割られているのに気が付いた。その上、騙し騙し使っていたフットブレーキもいよいよ効かなくなったため、フォートスミスという小さな町に立ち寄ることにした。確かこの周辺には、シンリンバイソンという野生の牛も棲息しているはずだ。撮影は難しいかもしれないが、情報収集はしておこうか――。
 「その前にまずは車の修理だ」
 修理工場に行って話を聞くと、必要な部品が届くまでに、早くて3日から1週間かかるという。食材も装備もたくさん積んであるし、周辺の森にでもテントを張ってしばらく車も体も休ませよう。そう思った。
 すると、工場のオーナーのドウェインが「子供たちに日本の話をしてやってくれるならウチを使ってくれていい」と言ってくれた。ニホンジンの僕としては、何日もシャワーを浴びていない体でお邪魔するのは迷うところではあったが、朗らかな笑顔で語りかけてくるドウェインの厚意に甘えることにした。

 いつか撮りたいと思っていた野生の牛が、今いる町の周辺の森に住んでいる。
 だが、そう簡単に冬場の撮影ができるとは思っていなかった。太い通り以外の道は雪に閉ざされ、住民はもっぱらスノーモービルで移動している。マイナス40度にもなる中を、機材を担いで、スノーシューを履いて、森の中をラッセルして、一度も見たこともない彼らを写真に収める自信はなかったのだ。
 しかし、数日間をともに過ごしたドウェインの家族や町の人たち、パイロット、観光局などで話を聞くと「夏場はそこらでウロウロしているよ」という声が意外に多いのだ。冬は見かけないけど、という下の句が必ずついていたが......。
 そう聞くと、ひと目見たい気持ちがどんどん高まっていった。車が動かないなら、と、ザックを担いで周辺を歩きまわったが、やはり見つからない。ならば、とザックを置いてスキーに履き替え、道路沿いを進んでみた。その時は1時間ほど行くと道路沿いに足跡を見つけた。思っていたより大きい。数日前のだろうか。
 「確かにこのあたりに野生の牛がいるんだ」
 そう感じ、気持ちはさらに高ぶった。

 そこからが長い闘いとなった。自分の目が慣れてきたこともあり、足跡は見つけられるようになった。しかし、姿はもちろんまともな食痕も見つけられない。
 ブレーキの直った車(窓は結局届かず、段ボールと黒いビニールで修繕した)で周囲を走り、新しそうな足跡をたどったが見つけられない。数日分の食糧を背負って、テントを張りながら森で3泊して追ってみたが出会えなかった。残りの滞在日数を考えると、バイソンは諦めてイエローナイフへ向かうべきだろうか。
 そう迷い始めた時、フォートスミスの空港で出会ったパイロットの言葉を思い出した。
 「シンリンバイソン? 夏はその辺にいるよ。冬は見かけないけど。ま、空から見れば見つかるだろうけどね」
 車の修理で想像以上の出費がかさんだ僕には、セスナチャーターなど手が届かない。しかし、せっかくここまで来たのだ。目と鼻の先に彼らはいるはずなのだ。
 「値段の交渉くらいしてみよう」
 そう思った僕は、空港へと向かった。

ドウェインの工場に届いた窓は型が合わず、直すことはできなかった。あと1週間待つことはできなかったため、段ボールをいくつか重ね、黒いビニールで包んで窓を塞ぎ、この冬を乗り切ることにした。後日談だが、約半年後、アラスカに移動させた後にフェアバンクスにて綺麗な窓をはめてもらうことになる。
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