シンリンバイソンとの出会い その2

 「シンリンバイソンを空から見つけたい」
 そう切り出した僕に、パイロットは協力的だった。
 「なるべくサッと飛んで帰ってこよう、1分あたりでお金がかかってしまうから。天気的には、今日はいつでも飛べるよ」
 料金は思ったよりは高くないが、決して安くはない。頭で考えても迷ってしまうだけだ。こんな時ほど、自分の本心に問いかける。
 "ただ後悔しない選択をしろ"
 その後、理屈で後押しする。
 "お金はまた作ればいい"
 そして10分後。僕は空の上にいた。ほんの100~200メートル高度を上げただけだったが、360度見渡す限りのタイガの森が広がっている。
 「雪の上に黒いスポットがあるから、それを見つけるんだ」
 パイロットがマイク越しに言う。今思うと、その一言には救われた。上空から得られる全ての情報をを頭に入れるべく、広く見ようとしていた僕の目の焦点が面から点へと絞られたのだ。星座の星を追うように点から点へと視点を移動させていくと、情報がピンポイントで脳に届けられる。即座に脳内で通常と異常のルール作りが為され、異常=違和感を探すようになる。そして、10分も経たないうちに、ある点で違和感を見つけた。黒い点が僅かながら動いている。
 「見つけた!」
 そう言って、パイロットに機体の向きを調整してもらう。森と森の間にある湿地帯。シンリンバイソンがそこで雪を掘って枯れ草を食んでいるようだ。20頭以上いる。近づいてくるセスナの音に驚いて、森の中に駈けこみ始めている。
 「もういい、戻ろう」
 そう伝え、彼らの上空を逸れ、空港へと戻った。彼らの野生の在り様を見るという目的は果たされた。

 車に戻った僕は、セスナから見た情報と持っている地形図を照らし合わせ、地上から撮影に行くことにした。残りの滞在日数から地上の撮影にあてられるのはあと2日だけだ。2日分の食材とビバークの装備だけ持ち、湿地帯のエリアを見下ろせそうな丘まで半日かけて取り付いた。空全体を覆う雲が立ち込めてはいたが、遠くまで見渡せる天気だった。丘の上からズームレンズを覗いて群れを探す。すると、なんと、2キロほど先の湿地帯に群れを見つけた。
 「我ながらツイてるぜ!」
 そう言いながら、丘から降りる。マイナス20度程度だったが、汗だくになりながら森を抜け、木陰から群れを覗く。この群れは15頭ほどだ。座って休んでいるもの、顔を使って雪を掘っているものがいる。それにしても体が大きくて、不思議なフォルムの牛だ。そのけむくじゃらの表情がもう少し見たいので、もう少しだけ近づきたい。
 隠れて近づいては驚かせてしまう。それより、僕の姿を視認してもらおう。そう思い、木陰から姿を露わにする。僕に気づいたものはむくりと立ち上がって、こちらを伺っている。しかし、パニックになっている様子はない。このテの生き物はリーダー格がパニックになると蜘蛛の子を散らすように走り去ってしまうから、驚かせないよう数センチずつ距離を詰める。ズームレンズで顔の見える距離まで行き、撮影させてもらう。
 1時間ほど経つと、全体が静かに移動を始めた。進行方向は僕の100メートルほど左側。群れより先に森の中に入り、木々のわずかな隙間を狙ってシャッターを切った。不思議そうに僕を見つめる親子もいた。そして、その後数分で群れは見えなくなった。
 「ありがとう」。思わず口からこぼれた。
 撮影を終えた達成感なのか安堵感からか、なんだか体の力が抜けていくのを感じ、1週間に及んだバイソンの撮影に幕を下ろすことにした。
 腰を下ろし、空を見上げるともう薄暗くなってきている。ザックからヘッドライトを取り出し、森の中を歩き始めた。

なんとかディスカウントしてもらうため、「ジャパニーズrealドゲザを見せるから」とまで言って、セスナを飛ばしてもらった。飛んでからものの15分ほどで発見したシンリンバイソン。窓を開けてもらって撮影したのだが、薄手のグローブだった右手は氷のように冷たくなり、手袋を外すと見たこともないくらい白くなっていた。血の気がない、とはこのことかと実感した。ちなみに、ドゲザはアッサリ断られ披露することはなかった。
ARCHIVE