生き物の性格

 アラスカはアメリカの50州ある州のひとつだ。とはいえ、日本の4倍以上もある広大な土地。アラスカと一口に言っても、それぞれの場所は大きく違う。
 例えば、アラスカ州最大の都市であるアンカレッジでは街中をムースがうろつくこともあるが、アラスカ半島の奥地だとワンシーズンに1回見られるかどうか。また、ナキウサギとマーモットと雷鳥が一度に見られる場所があるかと思うと、この3種類はひとつも見かけない代わりにクマとキツネと鮭を一緒に見られる場所もある。有名なオーロラも、アラスカのどこでも見られるわけではない。つまり、場所によって見られる光景や出会える生き物がかなり違うのだ。

 アラスカ半島の東海岸は、クマとキツネがすれ違いながら生活しているエリアである。
 海沿いで生きるクマたちは普段、スゲの草や木の根などを食べて暮らしている。鮭の遡上する頃には、川の流入口のあたりで鼻をヒクヒクさせながら鮭の匂いを待っている。一方、同じエリアに暮らすキツネはネズミやウサギを食べている。狩りのうまいやつは鳥を捕まえることもある。
 人間と同じで野生の生き物にとっても、見通しの良いところの方が視覚的な情報は増える。だから、クマもキツネも海沿いの開けたところに出てくると、周囲を見渡して多くの情報を得ようとする。彼らが出くわすのはそういう時だ。相手を見つけた彼らはどうするのか。
 キツネは、少し馬鹿にするかのようにクマに身軽に近寄ってはサッと離れる。そんなキツネを全く無視をするか、追い払おうとするかはそのクマの性格次第。キツネはそれを知っていて、こいつはどんな反応するんだ?とばかりにクマをおちょくる。
 このエリアでは、1週間滞在していれば2回くらいはその光景に出会うので、その瞬間に遭遇すると「お、今日の彼らはどんな反応するんだ?」と興味が湧く。

 ある時、僕は海沿いの太い流木に腰を下ろしていた。日差しは強いが、冷たい風が吹き抜ける日だった。「目がひどく乾くけど、目薬を忘れてきてしまったなあ」などと考えていると、後方の草むらからザザっと音がした。
 「クマかな」
 いつもの癖でクマ用のペッパースプレーを構える。すると、あどけない表情でこちらを見つめるキツネがいた。安心すると同時に思った。
 「僕に対しては、どんな行動をとるのかな?」
 キツネは、しばらく僕を見つめると、僕の周囲を跳ねるように歩き回った。その後、周囲を見回すと、何を思ったかはわからないが、僕が座っている流木のそばまでトトトと歩いてきて、なんと昼寝を始めたのだ。
 10キロ先にレンジャーステーションはあるものの、この辺りに人はいない。人間には慣れていないはずだ。
 「こいつと会話できたらよかったのに」
 この時ほどそう思ったことはない。
 人間と同じように、野生の生き物も個体によって性格が大きく異なる。このキツネは好奇心が強く、警戒心は薄かったのかもしれない。野生の生き物の日々の営みに仲間入りできたようで、嬉しい瞬間だった。
 キツネは5分ほど、僕の傍らで寝ていった。
 「この子の性格も写し撮ってあげたい」
 そう思ってシャッターを切った。

「なんだあオマエ」「へへーんだ」と言っているかのようなクマとキツネのワンシーン。クマはちょっかいは出すが、追いつけるとは思っていない様子。同じエリアで生きるものたちのユニークな関係が垣間見えた。 僕はつねづね、クマやキツネといった種の違いより、個体の性格の差の方が大きいと思っている。もしかしたら、世界のどこかに気が合って仲良く過ごしているクマとキツネがいるかもしれない。
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