彼らの土地

 2019年の6月、僕はノームという町を歩いていた。目的は白夜の太陽の記録とジャコウウシの撮影。しかし、目指すエリアまでは町から80キロある上、オフロードが一本あるだけで人家はほとんどない。
 ヒッチハイクできれば良いなあ。そう思いながら歩き始め、1時間ほどで「city limit」(町の端っこ) と書かれた看板を超えた。パットに声をかけられたのはその時だった。彼はその付近で畑仕事をしていて、ザックを前後に抱えて歩く僕を見かけて、声をかけたという。
 「当てるから、君が何者かは言わないで...フォタグラファーでしょ」
  パットは勘がよく、"photo"の発音よく当ててみせた。
 「そうだ、君なら見つけられるかも。ちょっとついてきて」
 パットが案内してくれたのは、彼の作業小屋だった。

 「親鳥がよく行き来しているから、どこかに孵ったばかりの鳥の巣があると思う」
 「1キロ先まで僕の土地だから、自由に探してみたら?」
 そう言われた僕は、なんとも楽しい気持ちで森に入った。
 いつもは広大な土地のどこに何がいるか、保証もないまま原野に出ている。それに比べれば、狭いエリアに何者かがいるのがわかっている状態で撮影に挑めるなんて、胸も躍ろうというものじゃないか!
 カメラを2台ぶら下げ10分ほど歩くと、「チーチー」という声が聞こえた。ヒナだ。エサを運んでいる親鳥が忙しく飛んでいるのも視界に入った。少しづつ距離を近づけ、どうにかファインダーの先にヒナを見つけた。親鳥が来るたび、自分の存在を一番にアピールして鳴くヒナ達。なんて可愛いんだ。
 近づきすぎないよう超望遠のレンズでのぞいていたが、それでも親にとってはNGだったのだろう。僕のすぐそばを飛んで威嚇してきた。わるいわるいと言いながら離れたが、それでも「ピャー!」という高い声で鳴いて警戒している。さらに距離をとって彼らの暮らしを見学させてもらい、数十分後にパットのところに戻った。
 「親鳥を怒らせてしまって」と言うと、パットは「そうか、彼らの土地だから、守ろうとしたのかな」と笑っていた。

 空を飛ぶ鳥に対して土地という言葉の組み合わせも面白かったが、彼と話していてひとつ気づいたことがあった。ノームの町から目的地である80キロ先まで、僕 は点と点で考えていたが、その線上にも土地があり、あらゆる動植物の棲家があ り営みがあるということだ。
 例えば、東京から西に80キロ先といったら、三鷹や立川、八王子を越え、さらに西の大月のあたりまで行くことになる。それぞれの街にはそれぞれ暮らしがあり、詳しい人ならそれぞれの特徴や見所がわかるかもしれない。
 では、東京とアラスカとの違いはいったいなんだろう。それは土地に名前がつけられていないだけなのかもしれない。名前をつけた瞬間、そこはヒトのための土地になるのか。それはヒトの傲慢じゃないか。いや、ヒトもヒトで営みがあり、種を紡いでいくために当たり前のことをしているだけじゃないのか。 そもそも名前をつけただけで、ヒトだけの土地にできるはずもない。
 80キロという点と点の間に何があるのか、そこに何がいて、どのように生きているのか。僕たちはそのことを知らないというだけか。その想像力を働かせることができなければ、本当の意味で、自分の選んだ土地に属するということは難しいのではないか。では、地球に属するとはどんなことだったか......。

 「じゃ、僕は町に戻るから」
 そう言って笑顔で去ったパットと別れた後の20キロ、息を切らして歩きながら、僕はそんなことを考えていた。ようやくヒッチハイクに成功したのは、その翌日のことである。

鳴き声の源にはコマツグミのヒナ達がいた。今頃は立派な大人になったかな、どのあたりを飛んでいるかな。そう思わせてくれる得難い出会いとなった。
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