湧き出る好奇心

  アラスカの原野を歩いている時、警戒心を忘れてはいけないと常々思っている。僕はヒトで、野生で生きる強さはないからだ。装備と知識、自らの経験値や聞いた話などを武器に、警戒することで自分を守る必要がある。しかし、それと同じくらい大切にし続けたいと思っているものがある。好奇心だ。

 岩稜帯に住んでいるリスの仲間に、シラガマーモットという種類がいる。「Marmot」というアウトドアメーカーもあるので、聞いたことがあるだろう。アラスカ山脈の中の小さな谷にいる時、僕のカメラバッグに興味を持って近づいてきたマーモットがいた。嗅いだことのない匂いや、聞いたことのない足音に反応して、好奇心が刺激されるのだろうか、僕が彼らの棲家のそばを通ると、その少し後に岩の中からのそのそと出てくることがある。
 この時も、どこかの岩の隙間からはい出てきて、僕がじっとしているとザックの匂いを嗅いだり、持ち手をちょっとかじったりしていた。「穴を開けられそうになったら止めないと」。そう思いつつもさらに動かずにいると、今度は僕の方に向かってきた。
 警戒しながらもずんずんと近づいてきて、履いているヒップブーツの先端に鼻先を触れた。手元には望遠レンズをつけたカメラしかなく、足元は撮れなかった。だが「なんだあ? これ」と言わんばかりの不思議そうな表情は忘れられない。
 彼は十数秒間匂いを嗅いだ後、プリッとお尻を向けて帰っていった。その満足そうな後ろ姿になんだか、「お疲れ様でしたっ!」と声をかけたくなった。

 日本でよりアラスカでの方が、野生生物の方が僕に興味を持って寄ってくる傾向が強い。種類を問わず、特に子どもの個体は好奇心が強く、僕の足元まで来ることもある。
 このマーモットのように、自身の内側から湧いてくる純粋な好奇心がいいのだ。頭で考えるというより、湧いてくる思いに押されて体が動く。僕も、そんなことができたらと思う。
 僕から離れた後、20mほど先の岩場で昼寝を始めたマーモットを見ながら、ふと昔飼っていた犬を思い出した。シニアドッグになってからも、気になる匂いに出会うと、その匂いの元まで行きたがっていたっけ。そういえば、ブルックス山脈の南麓にあるアークティックビレッジという小さな村で出会ったネイティブのお爺さんも、「どっちに行くか迷ったら本心に聞け」と言っていた。野生とは、湧いてくる感情や感覚に従って生きることなのか。

 アラスカで出会う、僕のことをチェックしにくる生き物たち。初めは「無用心に近づいてくるやつもいるものだ」と思っていたけど、彼らはただ、好奇心や本能に従っていただけなのかもしれないな。
 昼寝中のマーモットは、小さな息を「カーッ」と吐いてあくびをしていた。もはや、僕に対する好奇心は消えてしまったようだ。

山の稜線にて休憩中の僕の5mほど先の岩に止まり、「なんだこいつは?」とばかり様子を見ているタヒバリ。
このアクロバティックな動きをしているのはナキウサギ。まだ子供だが、ハムスターより一回り大きい。僕の様子をチェックしては、目にも止まらぬスピードで岩の隙間を走り巣穴に帰っていく。
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