地図にない湖 ―タイムラプスを撮る その5

 アラスカで学んだことはたくさんある。なかでも何度も体感したのは、肉体的精神的に余裕があるかどうかで、自分の判断などいかようにも変わるということだ。
 元気か、疲れているか、残された食材やバッテリーはどれほどか、撮れ高はどうか、帰国までの日数はどれほどか。それらの組み合わせが悪いと感じたら、ともかく体力だけはできるだけ回復させ、肉体には余裕を持たせる。それも、たった15分休んだかどうかで大きく違う。切迫感がある時ほど、15分は体を休ませるようにしていた。
 この時もそうだった。木の根っこにたどり着いた時は、暗くなる前にここにテントを張ってしまおうかとの思いが頭をよぎった。いやしかし、休憩後の自分はきっとベターな頭になっているはず。そう信じて、まずは休んだ。
 心臓のリズムがすっかり落ち着いたところで体操をし、体のパーツを確認すると、まだ歩けると感じた。それに加えて地図を見ると、もう少し歩いた先にさらに開けた場所を見つけた。
 アラスカの地図というのがまた曲者で、30年以上も改訂されていない上に、国立公園以外は25万分の1のものしかない。実際に行くと地図と違うということもよくある。
 しかしこの時、目の前に見えている小さな山とその奥の山は確かに地図上にあり、その2つの山の間に、昔、湖でもあったのかなと思うような平らなエリアがちゃんとあった。直線距離にすれば1マイル、1・6キロ程度だ。足元の悪いなか、くねくね曲がりながら行ったとしても、2時間もかからないだろう。この時季のテント設営のタイムリミットとして、自分で設定している17時30分までも、あと2時間以上あった。
 「行けるとこまででいいからさ、行こう」。悲しいかな、ザック達に声をかけ、歩き始めた。案の定、大きく遠回りをさせられたが、17時前にはかなり開けたツンドラ地帯に出た。灌木がところどころに密集しているが、今までに比べれば、格段に歩きやすかった。
 せっかくなら、もう少し見通しの良いところにテントを張ろう。そう思って、前方右の少し高いところに向かって歩いて行くと、なんとそこから湖が見えた。「うそだろう」と地図を見るが、やはり地図には書いていない。単純に25万分の1ではこのサイズの湖は記載できないのだろうが、それまで全く見えていなかっただけに、本当に驚いた。湖から流れ出ていると思えるような水筋にもすれ違わなかったし、湿気を含んだ風を感じることもなかったから、とても不思議な体験だった。
 ここは気持ちいい場所だなと思いながら、夕焼けのなか、テントを張った。平らとは言えない場所だったが、ツンドラのフカフカのマットが心地よい。3つ星のテン場(テントを張る場所)だ。マットに横になってゆっくりしたかったが、急いで夕食の準備を始めた。まだ撮影の序盤なので、ヘッドライトはできるだけ使いたくなかったのだ。太陽光が空に残っているうちにやれることは済ませておきたかった。
 夕食を食べている時には肌寒い風が吹いていたが、夜には無風になった。珍しいくらいの無風。横になってじっとしていると、自分の心臓の鼓動がうるさく聞こえるほど静かな夜だった。
 今夜はよく眠れそうだ。よかった。安心して眠りについた。

この写真の目線では湖が確認できなかったが、広大な自然の中では、目線が数十センチ高くなるだけで得られる視覚的情報が増える。湖があったのだ。
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