"天国" を目指す ―タイムラプスを撮る その11

 2時過ぎまでオーロラを観察したが、この夜は強いものは出なかった。山から吹き下ろしてくる強風は一晩中荒れ狂い、テントがバタバタと鳴き続けていた。
 翌朝、テントの入り口を開け湖を見下ろすと、相変わらずテレビのノイズ画面のように湖面が風に掻き乱されている。太陽の反射が忙しくきらめいていた。風は強いが、山の上を見上げると空は晴れ上がっている。稜線へアプローチするには天気は問題ないだろう。最後のベーグルを食べ、荷物をまとめた。

 ブルックス山脈は、ヒマラヤ山脈などのようにウン千メートルの高峰がざらにあるような山脈ではない。1番高いところでも2700メートル程度の緩やかな山脈だ。しかし、緩やかだからこそ、山脈を見下ろすような撮影は難しい。まして、2200メートルを超えるところまで一人で行こうとしたら、それだけでものすごい時間がかかってしまう。ブルックスの中で車が走れる道路は、たいてい谷の底を通っており、ほぼ一番低い場所からアプローチすることになるからだ。
 今回、タイムラプスを撮ろうと思っている稜線は標高1700メートルほど。腕時計の高度計と地図を照らし合わせると、ここからわずか600メートル標高を上げるだけだ。しかし、湖畔から見上げる山は、シュラブ帯とその上にかなり大きな岩で構成された岩稜帯があり、ザック2つを背負って登るのはリスクがあるように見えた。というのも、ザックを体の前にも抱えると足元が見えにくくなるからだ。自分の体より大きな岩であっても、踏む場所を間違うと崩れてしまうので、足元の視界を確保する必要がある。
 標高で言うと300メートルほど上に、岩でも低木でもなく、地面が見えている場所があった。見上げる山の右側に行きたいが、そこは逆方向に少し行かなくてはならない。5分ほど迷ったあと、まずはあそこまで登ろう、と決めた。そこまでなんとかザック2つを担ぎ上げて、そこからはザックをひとつずつ運ぶ。そう決めると、歩きやすそうなルートを頭に叩き込んで、シュラブ帯に突っ込んだ。
 湖から流れてくる凍っていない水を5リットル追加した後だったので、ザックが重い。おら!とか、ほっ!とか、一歩に力を込めながら少しずつ登っていく。枝に弾かれ、出国前に新調したばかりのメガネはもうボロボロだった。君の犠牲は無駄にしない、と思いつつ、開けた場所を目指して歩く。
 山は遠くから見ているうちはいいが、登り始めると自分の位置と目標の位置がわかりにくくなる。さらに、目の前のシュラブが邪魔で歩きやすい方へ逃げたくなり、逃げながら進むと余計に頭の中のマップから外れていってしまうのだ。真っ直ぐ行かせてくれーっと半分泣きそうになりながら、3時間ほどで目指した開けた場所に着いた。
 下から見た通り、岩もなく平らな場所がそこにあった。アラスカの原野を歩いていると時折出会う、僕が "天国" と呼ぶゾーンだ。大きい方のザックを転がらないだろう場所に置き、食材はさらに離れたところに置いて、カメラザックを背中に担いでさらに進んだ。
 天国から北東方向に伸びる尾根を20メートルほど歩くと、少しずつ岩場に変わってきた。「狭いな、天国」と苦笑いする。尾根のトップを歩きたいが、崩れやすそうだ。もう少し情報が増えるまで、トラバースするように斜面を遠回りしながら歩いていく。目的地が近づいてきている時の、静かな興奮をふつふつと感じ始めていた。

湖から流れている沢は凍っていなかった。ここぞとばかりにたくさんの水をパックに詰める。
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