痛恨のミス ―タイムラプスを撮る その14

 アラスカでは、必ず標高計の付いている腕時計をしている。自分のいる標高が分かることに加えて、もう一つ分かることがある。それは気圧の変化だ。気圧で標高を測っているため、同じ場所にいても、気圧が下がると標高の表示が上がっていくのだ。この時もテントを張ってから、標高は上がっていくばかりだった。
 風はカメラを置いてる稜線のトップからテントの方へと吹き続けていた。テントは狂ったようにバタバタと鳴るので、落ち着いて眠ることなどとてもできなかった。眠れなくても「いやしかし、タイムラプスの撮影中はかえって好都合よ」と思うことにして、数十分おきのカメラチェックを欠かさず行うことができたのでよしとした。
 この日、標高計の表示は1日で100メートルも数値が変わった。腕時計はもはや時間ではなく標高チェッカーへと変わり、頻繁にチェックしていた。今思えば、風が落ち着く兆しを少しでも見出したかったのだろうと思う。
 止むことなく吹き続ける風は、テントの東側からはゴウゴウと唸るように、西側からはヒュンヒュンと切るように吹き荒れていた。風が強すぎて、雲の粒である "氷晶" が吹き飛ばされていた(動画あり)。ほどだ。
 一度テントや岩陰に隠れると、そこから出るのに勇気がいるほどだった。昼も夜もなく吹いているものだから、数秒風が止んだ時、「あれ?風止まったけど、大丈夫か?」と心配になっている自分には笑ってしまった。

 そんな暴風の中でも、カメラは順調に動いてくれた。
 朝晩はレンズが凍らないようレンズウォーマーをつけ、日が出たら気温差でレンズが結露しないようブロアーとペーパーを使って結露を取る。日の出や日の入りなど、明るさが大きく変わるタイミングでは、空の明るさを中心に露出を少しずつ少しずつ変える。慣れている作業だが、いつもより緊張した。カメラにも三脚にもできるだけ干渉しないよう、カメラを触る時は素手で触った。その度に、風に体温を奪われて手がキンキンに冷えた。

 撮り始めて2日目の夜24時頃、すでに40時間ほど撮影していたが、想定よりバッテリーが残っていた。「よし、バッテリーは大丈夫だ。翌朝の日の出を撮ってから下山しよう、地球が2周する様子が残せそうだ」。そう思った。
 日本にいる時も、手がかじかんだ状態にはしない、と日頃から心がけていた。グローブをつけてカメラに強く触れてしまいたくなかった。そして何より、テントがそばにあるので油断していた。
 手元にある最後のモバイルバッテリーに繋ぎ直し、レンズウォーマーを装着し、可動雲台にもバッテリーからくるケーブルを繋いだ。999枚のインターバル撮影を設定し、撮影スタートのボタンを押した。つもりでいた。
 これで2時間は放置できるはず、と安心して寝袋に潜り込んだ。キンキンに冷えた手は、服の中で直接お腹に当てると徐々に血が巡ってくる。前、凍傷になった時は、血が巡るとえらい痛かったっけ。そんなことを思っていたら、いつの間にか眠っていた。
 翌朝4時、ハっとして起きた。しまった、寝過ぎた。くう、と口から漏れてくる自分への怒りを抑えつつ、カメラの元へ走る。下から見えるカメラの角度は60度ほど変わっている。雲台が4~5時間稼働した証拠だ。少しホッとしてカメラに触ると、モニタに999枚、の文字が。「?」が頭に浮かび、状況を理解すると同時に「やってしまった」と思った。昨夜、カメラの周りであれこれ作業したあと、かじかんだ手でシャッターを押した時、撮影が始まったかの確認をしていなかった。撮影していると思っていたこの5時間ほど、カメラを乗せた雲台が回っていただけだったのだ。
 ここに来るまでの努力、最高の天気というシチュエーションを思うとなおさら、自分の愚かさが悔しくてたまらなかった。

約100キロ上空で光るオーロラとテント。強いオーロラが出るとテントの中も明るくなる。画面右上にはタイムラプス中の三脚も写っている。
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