6月の雪―白夜を撮る その5

 昨夜(夜、と言っても暗くなかったが)、少し平らなところを見つけてテントを張った。厚いマットを敷いているので背中は冷たくなかったのだが、春秋用の寝袋では寒かったので、深夜にダウンを羽織った。
 日が沈まないとは言っても、午前1時半から2時くらいになると、地平線に触れるくらいに太陽が低くなる。そのくらい低くなると太陽から与えられるエネルギーより、地球から宇宙に逃げていくエネルギーが多くなるんだな。腑に落ちながら眠った。
 朝7時頃、それにしても寒いな、と起き上がり、枕元の腕時計を見ると気温3度の表示。昨日の車内は30度近かったのにな、と思いながらテントの入り口のジッパーを開け、驚いた。ツンドラの上に雪が積もっていたのだ。「ああ、そっか、まだ降るか」。ちょっとだけ呆然としながら、口にした。ここは北極圏。6月中旬と言えど寒気が入れば雪になるのだ。そう言えば、1時頃、テントを打つ雨の音を聞いたような気もする。寝ている間に雨がきて、雪になったようだ。
 雪は10センチ程度しか積もっていなそうだし、見上げると薄い雲がサラサラと流れ、その奥には青空が見えている。この後は晴れて明日には溶けるかな。雪に触ろうと外に出ようとして、もう一度、「ああ、そっか」と声が出た。
 僕は今回、地下足袋しか持ってきていない。まさに大失敗。舐めていたつもりはなかったが、読み違えてしまった。フィールドでのミスは、仮にどんな不運が重なったとしても、100パーセント自分の責任だ。「ホント、バカだ」。自分を罵りつつ、朝食を食べ、テントを片付けた。テントの下だけ雪がないので、安全地帯のようにそこを使って装備をザックにしまった。
 歩き始めの数分は、意外と平気かな、と感じた。しかし、それ以降はやはり足先がジンジンと痛んだ。歩を進めながら、凍傷にならないよう足先の感覚にアクセスし続ける。1~2時間歩くと、右足の親指がいつもより一回り以上太くなったような違和感が強くなってきた。でも、地面を掴もうと力を入れればきちんと曲がるし、歩けなくなるほどではない。歩きながら足の指をグーパーさせながら、「大丈夫、大丈夫」と体を励ましながら歩いた。曇っていた昨日より青空が眩しいことと、蚊が減ったことが救いだった。雪が溶けたら一気に出てくるだろう。今のうちに距離を稼いでおかなくては。
 雪上を歩き、さらに標高を上げていく。時折ジリスとネズミの足跡を見つけては、姿は見えないがその痕跡に勇気づけられた。今歩いている地中にどれくらいの生き物がいるのだろう。雨風に左右されないなんて、地面の下に住んでいる生き物はいいよなあ。でも『極北の動物誌』には地中に住むのも大変だと書いてあった。クマがジリスを捕まえる時、いくつもある出口を潰して逃げ道をなくしてから襲うのを見たことがある。あれをされたら怖いだろうな。地中も良いことばかりじゃないか...。そんなことを考えながら歩いていると、午後には随分と気温が上がり、足先の冷たさも気にならなくなってきた。積雪は少し浅くはなったが、まだ溶け切らずに太陽光を強く反射していた。
 15時を過ぎた頃、谷が少しづつ狭くなってきた。と同時に、地面がフラットになってきた。そのエリアには小さな起伏がいくつかあり、高いところに立つと小さな池が見えた。そんな組み合わせがいくつも点在していて、どの池も新雪をまとった山脈を映し出していた。下ろしたザックに座ってその景色を眺めれば、まるで天国にいるかのようだ。
 ずっと見ていたかったが、ゆっくりもしていられない。そのあたりで一番見晴らしの良い場所に立ち、そこからアプローチできそうな稜線を探した。できれば北方向が見渡せる見晴らしの良い場所に到達したい。
 ズームレンズを望遠鏡のように使いながら見ていると、一カ所、登れそうな斜面があった。ところどころ斜面がきつそうなのでザック二つを持って上がるのは危なそうだ。安全策で、まずはカメラザックだけを背負って登るか。そう決め、ザックは後で見つけやすいよう目立つ岩の上に置き、食料の入ったコンテナはザックから出し100mほど離れたところに置いた。

ジリスの足跡。
小さな池にブルックス山脈が反射する。
ARCHIVE