連載終了 松本で7年半暮らしてみて/北尾トロ
「そろそろ本気で信州移住」が本になりました!
僕が信州へ移住したのは2012年夏。2011年3月11日に起きた東日本大震災と原発事故が移住を考えるきっかけとなった。妻はそれ以前から「いつかは地方で暮らしてみたい」と言っていたし、喘息気味だった子どもの健康を考えても、移住するならいまだろうと思えたのだ。信州の松本市を選んだのは、東京での住居や仕事場が中央線沿線の西荻窪にあったため。特急あずさを使い、上京中は事務所で寝泊まりすれば、ライターの仕事を続けることは可能だ。
松本には親戚はもちろん知人もいなかったので、下見がてら足を運んで不動産屋に賃貸物件の情報を送ってもらうと、ペット可物件(猫を2匹飼っていた)が極端に少ないことが判明。新学期までに引っ越さなければならず、郊外の一軒家を借りることになった。いまでは笑い話だが、まさか松本市があんなに広いなんて想像できなかったのだ。週末、疲れた身体を座席に沈めて東京から戻り、松本駅から郊外につながる電車に乗り換えるたび、あせって物件を決めたことを反省することになり、1年半後に市街地へ転居。東京との2拠点生活も体力的・経済的にきつくなり、事務所を畳んで必要なときだけ上京するスタイルに変更を余儀なくされた。本書に登場する人たちのように、慎重かつ現実的に移住プランを練っていれば、こうしたつまづきを経験せずに済んだかもしれない。
では、東京を離れたのは失敗だったのか。そんなことはないのである。始発の特急あずさで上京するために暗い道を駅に向かって歩いているときも、寒さに縮み上がる冬の夜も、移住を後悔したことはなかった。少々のきつさなど気にならないくらい、松本を気に入ってしまったからだ。
360度、どこを見渡しても目に入る山の景色。春から秋にかけての素晴らしい気候と晴天率の高さ。おいしい水や野菜、果物。美術館や芸術館を備えた市街地の居心地の良さ。足を延ばせば温泉やスキー場、観光スポットなども目移りしそうなくらいある。子どもの喘息はいつのまにか治っていた。
人にも恵まれた。僕たち一家はさして社交的でもなく、積極的に知り合いを増やすようなことはしなかったけれど、ひとりと親しくなると、その人が友人を紹介してくれて、数珠つなぎのように仲良くなれるのだ。移住者や仕事で松本に赴任中の人も多く、ローカルであってそうじゃないような雰囲気がおもしろい。
松本にいたから始められたことも多い。妻は畑を借りて念願だった野菜作りに精を出し、僕は狩猟免許を取得して鳥撃ち猟を始めた。ひょんなことから地元メディアの「エフエムまつもと」でレギュラー番組を持たせてもらったりもした。
だから、このままずっと住んでもいいと思っていた松本を家庭の事情で離れることになったときは寂しかった。同時に、大げさかもしれないけれど、世話になった信州に自分なりの恩返しができないだろうかと思った。
これから信州へ移住する人の参考になる本を作るのはどうだろう。僕のつたない移住記ではなく、移住者たちの体験をぎゅっと詰め込んだ本。
松本へ来てわかったのは、長野県の広さ。自然豊かな信州という漠然としたイメージで語られがちだが、地域によって気候や気質も違い、都会へのアクセスも異なる。実際に移住した方々が自らの体験を語り、各地域の特色から移住者への対応までわかる“実用書”があれば役立つのではないだろうか----。
このようにして誕生したのが本書である。信州への復帰(2度目の移住)をあきらめていない僕も、そのときには大いに参考にするつもりだ。
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「そろそろ本気で信州移住」が本になりました。
『そろそろ本気で信州移住―考え始めたあなたへ。先輩たちの本音アドバイス』
編著 北尾トロ
A5判 164ページ オールカラー
定価 1870円(税込み)
2021年4月26日発売。
全国の書店、ネット書店のほか、信毎の本オンラインショップでも販売中。
Contents
第1章 子育てするなら
第2章 やりたい仕事ができる
第3章 都会脱出
第4章 この場所ありき
登場者全員の移住ルート、職業、移住時期、家族構成のほか、
長野県と77市町村の移住相談窓口一覧、各HPのへQRコード付きです。
移住先として高い人気を誇る長野県。
新型コロナウイルスの感染拡大もあり、大都市を離れ、信州で暮らすことに関心を持つ人が増えています。
信州への移住を考えている人なら「この人の考え方は私と近い」と思える“先輩”と出会えるはず。
移住フェア、移住体験ツアー、下見を兼ねた旅行、仕事探し……。
最初の一歩はどこから?
そろそろ本気で信州移住を考えてみませんか。