芦部信喜 平和への憲法学

2013年3月、参院予算委員会。憲法改正問題に絡んで野党議員が質問した。芦部信喜を知っているかと。首相の安倍晋三は答えた。「私は存じ上げておりません」  芦部は、信州が生んだ戦後日本を代表する憲法学者である。その憲法観は戦争体験に裏打ちされている。1950年代からの憲法改正論議の中で、戦争放棄と非武装をうたった9条を変えることなく、その理想に世界が少しでも近づけるよう日本が先導的役割を果たすことを説き続けた。  日本国憲法は今再び、岐路に立つ。自民党は9条を含む4項目の改正条文案をまとめた。2年後の2020年の施行を目指す。日本が進むべき道をまた誤ることはないか。芦部の軌跡を追いながら、徹底した平和主義の憲法学の今日的な意義を見いだしたい。

[あしべ・のぶよし]
 1923(大正12)年~1999(平成11)年。上伊那郡赤穂村(現駒ケ根市)生まれ。旧制の伊那中(伊那北高)、松本高(信州大)を経て、東京大法学部卒。東大法学部教授、学習院大法学部教授などを歴任。東大名誉教授。77年~79年、全国憲法研究会代表。93年、文化功労者。日本での憲法訴訟論を開拓、確立させた。「憲法」(岩波書店)、「憲法学」(有斐閣)など著書多数。中でも93年初版発行の「憲法」は6版を重ね、累計発行104万部のロングセラー。

関連記事

「靖国懇談会 議事録が存在 芦部氏らの違憲論脇に」(2019年5月3日掲載)

第1部 源流 伊那谷から

  1. ①  駒ケ根の原風景 視野の広さや懐の深さ育む2018年6月27日
  2. ②  向山雅重の実地教育 「徹底して観察」影響受け7月4日
  3. ③  臼井吉見との出会い 教えられたアララギの精神7月11日
  4. ④  信濃宮神社造営への動員 軍国主義 強まる思想統制7月18日
  5. ⑤  学徒出陣で知った軍隊 非人間性 生涯にわたり嫌悪7月25日
  6. ⑥  実家への遺書 友の戦死… 痛嘆 新生憲法に抱く原点に8月1日
  7. ⑦  終戦後の文化運動で雑誌発行 世の中を多角的に観察8月8日
  8. ⑧  「戦争放棄」の草案要綱 憲法研究の気持ち固まる8月22日
  9. ⑨  リベラリスト・宮沢俊義 新憲法「八月革命説」で説明8月29日
  10. ⑩  ラートブルフの論文に感銘 「憲法訴訟論」として結実9月5日

第2部 憲法改正と自衛隊

 「いよいよ憲法改正に取り組む」。先月、自民党総裁選で連続3選された首相安倍晋三は強い意気込みを見せた。自衛隊の9条明記など4項目の党改憲案を今月下旬に召集予定の臨時国会に提示する構えだ。改憲問題は大きな節目を迎える。
 改憲論の始まりは70年余り前にさかのぼる。焦点は常に、戦争放棄と非武装の9条であった。長野県出身で戦後日本を代表する憲法学者、芦部信喜が改憲問題や自衛隊訴訟に残した足跡をたどり、今に通じる示唆を得たい。(敬称略)

  1. ①  論議の源流 平和主義徹底から再軍備へ10月17日
  2. ②  政府の調査会発足 批判的な学者 研究会で対抗10月24日
  3. ③  両論併記の調査会報告書 解釈改憲の可能性消えず10月31日
  4. ④  恵庭事件(上) 裁判と学界に橋を架ける11月7日
  5. ⑤  恵庭事件(下) 肩透かし判決が論争に11月14日
  6. ⑥  長沼事件 初の違憲判決 芦部説影響?11月21日
  7. ⑦  攻撃される前文 「積極的平和主義」説き反論11月28日
  8. ⑧  9条と現実との相克 不戦の誓い 堅持してこそ12月5日

第3部 人権と自由

 1950年代から60年代にかけて大きなうねりとなった憲法改正論。柱は再軍備、天皇制強化と並んで人権の制限だった。国家を重んじ、国民の権利を狭め、義務を広げよとの主張である。
 その水脈は自民党内を流れ続け2012年、憲法改正草案となって表れた。憲法の本質は国家権力を制限し、人権を保障することにある―。戦争を体験した憲法学者芦部信喜は多くの著書で説く。芦部が人権の制限にどう立ち向かったのか。憲法裁判への関わりを中心に見つめ直し、現代への問いかけに耳を澄ます。

  1. ①  公務員政治活動問う猿払事件 無罪判決 意見書ほぼ踏襲2019年1月30日
  2. ②  表現の自由 統計局事件で法廷証言 「民主主義の生命線」強調2月6日
  3. ③  最高裁変質 公務員に厳しく 「リベラル 息の根止められた」2月13日
  4. ④  違憲性判断の「二重の基準」 精神的自由制限 より厳格に2月20日
  5. ⑤  教科書裁判(上) 検定に疑問 証言のため法廷へ2月27日
  6. ⑥  教科書裁判(下) 検閲の当否 一審判決を批判3月6日
  7. ⑦  東大ポポロ劇団事件 狭くとらえられた学問の自由3月13日
  8. ⑧  プライバシーの権利 守りだけでなく自己決定を3月20日
  9. ⑨  社会保障闘争のシンボル「堀木訴訟」 障害者の生活見えているか3月27日

第4部 国家と宗教

 宗教を国家から切り離す。「政教分離の原則」は、明治憲法下で神道が国から特権を受ける「国教」として扱われ、国家主義や軍国主義の精神的な支柱になったり、他の宗教が弾圧されたりした反省から現憲法に盛られた。だが、9条の戦力不保持と同様、その解釈は時の政権の都合で緩められてきた歴史を持つ。20条が国とその機関の宗教的活動を禁じているにもかかわらず、閣僚が靖国神社に参拝するのが、その典型である。そして今、天皇代替わりに伴う儀式を巡っても国と神道との距離が問われている。
 先の大戦を経験し、平和と人権を守るために憲法の基本原則を固く守ることが重要と説いた憲法学者、芦部信喜。靖国問題を中心にその軌跡を追い、現代の課題を考える。

  1. ①  閣僚の靖国公式参拝 結論背負い生まれた懇談会6月6日
  2. ②  靖国懇談会始まる 議事はブラックボックスに6月12日
  3. ③  地鎮祭と靖国参拝 「政教分離原則」早速議論に6月19日