TOP2021年12月世界遺産候補へ 国宝松本城正念場 「国内暫定リスト」14年ぶりに見直しへ
国宝の松本城天守。世界遺産登録を目指す活動が正念場を迎えている=11日、松本市
松本城管理課の研究専門員(手前右)の解説を聞きながら天守内を巡った「体験ツアー」=11月27日

 国宝松本城の世界文化遺産登録を目指す松本市が、同じく国宝の犬山城、松江城がある愛知県犬山市、松江市と連携し、情報発信や国へのアピールを強めている。当面の目標は、文化庁が本年度、14年ぶりに見直しに着手した国内候補の「暫定リスト」に入ることだ。登録の条件となる「顕著で普遍的な価値」をどのように打ち出し、理解を広げて国内候補入りを果たすか。20年来の活動が正念場を迎えている。(吉野貴哲)

■文化審議会が国内候補追加を答申 「千載一遇のチャンス」

 「城だけでなく周辺の景観やまちづくりと一体で遺跡の価値を高めていくことが大切だ」「まとまって活動する必要がある。兵庫県姫路市、滋賀県彦根市も巻き込んで進めたい」―。松本、犬山、松江3市の市民が11月16、17日、松江市に集まって開いた交流会。城周辺の環境整備や観光振興に携わる約20人が出席し、世界遺産登録に向けて連携する方策を探った。

 文化審議会は3月、暫定リストを見直して文化遺産の国内候補を追加するよう文部科学相に答申。これを「千載一遇のチャンス」(臥雲義尚・松本市長)と捉え、3市は3城を含む「近世城郭の天守群」の国内候補入りに向けた動きを活発化させている。

 6月に3市の市長が丹羽秀樹文科副大臣(当時)とオンラインで会談し、国内候補入りへ準備を加速させると説明。7月には松江市を主会場に、3城の価値などをアピールするシンポジウムを開き、オンラインで出席した臥雲市長は「3市で調査研究し、それぞれの市民の機運を醸成したい」と意気込みを語った。

■近世城郭の天守群 急速な技術発展で特異 

 松本城の世界遺産登録を目指す運動が本格化したのは2001年。官民でつくる推進実行委員会が発足、当初は単独での国内候補入りを目指した。文化庁から類似の城と共に研究を進めるよう助言を受け、国宝の彦根城がある彦根市や犬山市と共同研究を始めた。その後、彦根市が離脱し、15年に松江城が国宝に指定されたのを受けて、松本、犬山、松江3市で「近世城郭群世界遺産登録推進会議準備会」を結成。海外の城との比較研究などを進めてきた。

 共同研究の成果で、近世城郭の天守群は、織田信長の安土城築城から半世紀ほどの間に、急速な建築技術の発展を伴いながら高層で大規模な木造建造物が相次いで建てられた点が特異であることが明らかになった。戦国時代が終わり、江戸幕府が築城を制限するようになると築造数は急減する。軍事施設としての役割を終えるが、幕藩体制下の行政機関の拠点として残り、各地の政治・経済の中核を担ったとされる。

 国連教育科学文化機関(ユネスコ)の諮問機関・国際記念物遺跡会議(イコモス)国内委員会の委員長を務めた経験があり、共同研究に携わった西村幸夫・国学院大教授(都市計画)は「ごく短期間に建物の高層・大規模化を実現した技術発展は世界的にも珍しい。戦がなくなった後も形を変えずに残った点は、日本固有の政治体制が存在した物証となる」と話す。

■地域の盛り上がりも重要な要素

 国内候補入りに向け、松本市や信濃毎日新聞社など59団体でつくる推進実行委は城郭群の価値の証明と合わせ、市民の機運盛り上げにも力を入れる。11、12月と来年2月を運動の「強化月間」と定め、松本城に関心を持ってもらう催しを相次いで企画。11月下旬には小学生らに城の構造の特徴などを教える「体験ツアー」を開催した。「松本城の日」を独自に制定するため10~11月、市民らから候補日を公募し、2月に発表する予定だ。

 市文化振興課は、松本城を大切にする地元のムードも国内候補入りするための重要な要素になると指摘。「地域を挙げて将来にわたり松本城を保存・活用する姿勢をアピールしたい」としている。

■姫路市・彦根市とは温度差

 松本市など3市は国宝5城で「近世城郭の天守群」として国内候補入りを目指すが、姫路城が既に世界遺産に登録されている姫路市、彦根城が暫定リスト入りしている彦根市とは温度差がある。国宝の5城以外の現存天守を含め、天守群をどう構成して「顕著で普遍的な価値」を打ち出すのか、課題は少なくない。

 近世城郭の天守群は、短期間のまとまった築城と、多層・大規模化の急速な進展が大きな特徴という。特に、関ケ原の戦い(1600年)前後から1615年の一国一城令までの約20年間に築城数が急増し、多層構造の天守を支える技術が急成長した。国宝5城はいずれもこの間に建てられたことから、天守群の特徴を最もよく表現できるとして松本市などは「ストーリー」の練り上げを進める。

■国宝5城で価値の説明十分か

 ただ、姫路市は「現時点で(松本、犬山、松江3市と)連携する予定はない」と静観する構えだ。市によると、単独で世界遺産に登録されている姫路城が「近世城郭の天守群」にまとめられることに抵抗感を覚える地元観光関係者が少なくないという。

 彦根城が1992年から暫定リスト入りしている彦根市は「単独での登録を目指す」と強調する。彦根城は天守に加え、藩主の住居である御殿や重臣たちの屋敷、城の内外を隔てる堀などの遺構が数多く現存し、大名を中心とする階層的な統治機構を視覚的にも物語る―と価値を訴える。

 国内候補は、学術的な検討を重視するため、自治体からの公募は行わずに文化審議会が選ぶ。ただ、検討過程で遺産がある自治体などに資料提出を求める可能性があり、その際に天守群の価値を一体的に説明できる必要がある。松本市は両市の立場を尊重するとしつつ、「天守の多様な形や変遷を通じて近世日本特有の文化を発信できる」と、グループでの登録を目指す意義を強調する。

 天守が現存する城は国宝5城を含めて12城ある。イコモス国内委員会委員長の岡田保良・国士舘大名誉教授(西アジア建築史)は、世界遺産を目指すには、テーマに沿った価値や独自性を明確にする必要があり、天守の建築技術の発展過程などを効果的に説明しなければならないと指摘。「国宝5城だけで『近世城郭の天守群』の価値を十分説明できるか、他の天守も加える必要がないかなど、議論の余地がある」としている。

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〈世界文化遺産登録の流れ〉 日本の場合、文化庁が国内候補を選ぶ「暫定リスト」に載ることが登録への第一歩。国は暫定リストの候補から年1件をユネスコ世界遺産センターに推薦する。ユネスコの諮問機関、イコモスによる現地調査などを経て、ユネスコ世界遺産委員会で審査して決まる。暫定リストには現在、彦根城や新潟県の「金を中心とする佐渡鉱山の遺産群」など5件が記載されている。松本城の他、長野市の善光寺、富山県の立山砂防施設群などが国内候補入りを目指している。

2021年12月12日掲載

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