2021.01.08

ばあちゃんの理容室 黄昏れる気満々が...

 ばあちゃんは理容師だった。70を越えてもなお、実家1階に併設された店でハサミをふるっていた。

 昔、じいちゃんが事故にあった時はその腕一本で家計を支えてきたと言う。

 その背中を見てなのか、わが父、邦彦もハサミを生業にし、実家2階に美容室を開店させる。良く言えばひょうきん、悪く言えばちゃらんぽらんな父は年中ばあちゃんに叱られていた。

 それでも下でチョキチョキ、上でチョキチョキ、小気味よく聴こえるその音がわが家の音だった。

 しかし時の流れは残酷に、ばあちゃんの記憶や判断力を奪った。同じことを聞き返したり、ぼーっとしている時間が増えたり。それでもギリギリまでカット椅子の前に立ち続けたばあちゃんは、恐らく父にとって相当大きな存在だったと思う。

 ばあちゃんが老人ホームに入ったと聞いた時、俺は父が心配だった。帰省した際、深夜トイレに起きるとばあちゃんの理容室から父の気配がした。父が立ち尽くし、そこに居ないばあちゃんの仕事ぶりを思い浮かべているのは、容易に想像がついた。俺は主を失ったカット椅子を見れば、堪らない喪失感に襲われそうで怖くて、理容室に入れないまま東京へと向かった。

 それから数カ月、長野ライブの後に実家に帰ることになった。その日の演奏は思い通りいかず、不甲斐なさだけが残っていた。実家の布団に入るも眠れず、天井を見つめながら思う。ばあちゃんもこんなことあったんだろうか。そう考え始めると、今こそばあちゃんの理容室に立ち入るときでは、と思い立った。

 暗い廊下を歩き、久々にドアノブに手をかける。そこにばあちゃんは居ない。わかってる、でもきっと自分を導く目に見えぬ何かがあるはずだ。縋るような気持ちで扉を開く。しかし、そこにあったのは

「雀荘くにちゃん」

とデカデカと書かれた貼り紙だった。カット椅子は端に避けられ、ど真ん中に全自動麻雀卓。ご丁寧に壁には軽食のメニューまで貼ってある。唖然とした後、どうにか状況を把握する。

 あのクソ親父、ばあちゃんの職場を雀荘にしやがった! 深夜に一人で爆笑した。逞し過ぎる。恐らく以前に感じた父の気配はこれの準備だ。「まったくもう!邦彦は!」とあきれながら笑うばあちゃんの顔が浮かぶ。黄昏れる気満々でここに来た自分に、アホらし!と吐き捨てて寝室に戻る。そして、たぶん大丈夫だ、そう思う。なんせ、俺には2人の血が流れている。(「雀荘くにちゃん」は営利目的ではなく友人が集まる憩いの場です)

【写真説明】2020年末、両国国技館ライブにて( PHOTO BY MAYUMI -kiss it bitter-)

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