お洒落を諦めない 「似合うの向こう側」へと
「こんなに似合う人は初めてです」
試着した俺を見て、ありがちな社交辞令を店員が口にする。でも、多分これはマジだ。正直、俺自身過去イチの手応えがある。生まれて初めて
「俺が買わないでどうするんだ!」
という使命感すら生まれた。
翌日、バンドの練習に早速その服を着て行く。スタジオでは相方のUKがスマホを眺めながら、コンビニのスパゲッティをすすっていた。俺は新しい服についてのコメントをもらうべく、UKの前に立ち背伸びを一つ。しかし、全くこちらを見てくれない。数回の咳払いも虚しく、ついに自ら
「なぁこの服どうよ?」
と尋ねてしまった。同時に
「似合うじゃん」
に対して感謝をのべる準備をした。ついにこちらを見たUK、しかし麺を頰張った口からこぼれたのは
「くじょうぬ」
という小さな声だった。聞き取れなかったので
「え? なんて?」
と聞き返すと、UKは口に入っていたスパゲッティを飲み込んで、今度はハッキリとした口調で言った。
「牧場主みたいだわ」
そして再び麺をすすり始めた。
俺は固まった。だがすぐに、そんな訳ねぇだろ! と思い直しガラスに映る自分を見た。
すると
(牛っこは檻さ閉じ込めず、自由に歩かすだよぉ。そうすっとうんめぇ乳だしてくれっから)
はっ、幻聴?
だが確かにそんな台詞を口にしそうな男がそこにいる。これ誰?
残念ながら、それは俺だ。
UKの言葉が世界の色を変えた。鋭い洞察力に的確な表現。そこには牧場主が立っていた。立ち尽くす俺にUKは使い終えたプラスチックのフォークを手渡し
「ほら牧草を集める道具。ちっちゃいけど」
とニヤリと笑うのだった。
ポケモンで言えば自分は岩タイプかなぁ、という自覚のある男達へ伝えておく。我々はオーバーオールがめちゃくちゃ似合う。だがあまりに似合い過ぎる。言うならば「似合うの向こう側」へ行ってしまいがちだ。似合うの向こう側、それはもはやユニフォーム。俺がオーバーオールを着る、それはラガーシャツにヘッドギア、ベースボールシャツにヘルメットと同義なのだ。もはやお洒落ではなくガチ。ガチはお洒落ではない。
洋服に苦汁を飲まされるのは何度目だろう。この先もきっと厳しい戦いが続く。しかし俺は諦めない。だって誰かが言ってた。お洒落は我慢だって。多分、意味はちがうけど。
【写真説明】2021年春、東京都世田谷区にて
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