2021.06.04

むう、この世は騙し合い

「年頃の娘に嫌われている髪が薄いお父さん、でも育毛剤を使い毛量を増やすことに成功! 娘が口を利いてくれるようになった!」

という育毛剤のCMを見て、胸がギュッと詰まる感じがした。

 多分その理由は娘に愛されたい父親のコンプレックスにつけ込み、商品を売り付けようとする企業の魂胆が露骨すぎたから。

 そしてそれを真に受けて育毛剤を買った、健気な父親のその後を想像したからだ。思うに、めでたく髪が増えたとしても娘は「ハゲいやだ」と言わなくなった代わりに、

「まじくさい」とか「なんかきもい」とか言い出しているはず。

 歩み寄ろうとしたら、その姿勢が癇に障りさらにひんしゅくを買ってしまう、という結果は安易に想像できる。

 まるで救いのない話。

 しかし、ここまで書いてきてふと思った。

 実際、娘に嫌われたくないからという理由で育毛剤を買うお父さんは少数派なのではないか。

「母さん、娘とコミュニケーションを取るために育毛剤を買っていいかな?」

などと娘を思う父親の姿を演出しつつ、実際のところは別の魂胆があるのではないか。

 その魂胆とは、いくつになっても男に取り憑くあのカルマ。

 そう、モテたい、である。

 だとすれば、だ!

 あのCMは下心を隠しながら髪を増やしたいと願う世のお父さんへのアシスト、ということになる。

 かつてのサッカー日本代表、中田英寿を思わせる、とんでもないキラーパス。

 むう、この世は騙し合いだぜ。

 十数年後、舞台は結婚式場。花嫁となった娘が父親へ手紙を読み上げる。「お父さん、あの頃は酷いことばかり言ってごめんね。洗面所に転がっている育毛剤のボトルを見た時、本当は謝りたかったの」

 それを聞いて涙ぐんでいた父親が一瞬、その頃にハマっていた飲み屋のお姉ちゃんの顔がよぎる。

「でもいつもお父さんはそんな私を見捨てずに、歩み寄ろうとしてくれたよね。ありがとう」

 感極まる参列者、会場はあたたかい拍手に包まれる。そんな中、鋭い眼光が父親の横っ面を刺す。

 その出所は、妻だ。

 不敵な笑みを浮かべるその顔に

(ま、まさかバレていたのか...)

 背中を一筋、冷たい汗が走る。

 なんて。

 世界は想像の斜め上で完成している、かも。

【写真説明】2021年5月、浅草にて

ARCHIVE