2022.03.04

自然の姿 映し出された

 日本武道館での単独ライブの朝。当日の密着ドキュメンタリーを撮りたいという依頼があったので、自宅でカメラマンの到着を待っていた。

 だがドキュメンタリーを撮られるためにカメラマンの到着を待つ、という行為が最もドキュメンタリーから程遠い不自然な行為なのではないか、そう思い始めてしまった。どんな顔で

「おはようございます」

と言ったらいいのかわからない。なんかカッコつけてしまいそうだ。

 これはいかん、ということでカメラを待たず家を出て、会場スタッフへの差し入れを買いに行くことにした。ドアを開けて家を出る、その瞬間を撮りたかった映像チームのことを思うと申し訳なくなる。

 だが予定調和じゃない自然の姿を映すことこそがドキュメンタリーなのだ。そう納得してもらう他あるまい。

 浅草の仲見世通りに入ると店先にズラッと日本国旗が飾られていた。そうか、今日は建国記念の日だ。ふと、国旗に囲まれて武道館へ向かう姿を撮ってもらったら画的に良かったのになぁ、という気持ちが湧き上がる。

 だが仕方ない。それを撮れないことも含めてのドキュメンタリーなのだ。自分を納得させ、人形焼きを買う。

「こしあんを4袋下さい」

と口にしてハッとする。

 ああ! スタッフのために人形焼きを買う姿を撮ってもらえたら、俺の好感度が爆上がりだったのに!

 しかし、やむを得ない。これがドキュメンタリーなのだ。

 直後、突然の尿意を感じコンビニのトイレで用を足す。洗面所で手を洗いながら、目の前の鏡に目をやる。そして気付く。

 鼻毛が出てる!

 慌てて人さし指と親指でCを作り引き抜く。だが無事に抜けた毛を見て思う。

 これを抜いてしまったら俺の顔面はドキュメンタリーではないのではないか。決して、出てるのがリアル、という訳でないと思うのだが、果たして「これから撮られる」

という意識なしで鏡を見ただろうか。場合によっては右の鼻の穴にだけ「フィクション」とテロップを入れてもらわなければならない。

 なんにせよ、抜けた毛は戻らない。

 カメラマンさんと合流し会場へ向かった。

 後日、当日の映像を皆でチェックする機会があった。

 やはり九段下駅についてからは表情が違うなー、なんて思いながら映像を見ていると衝撃が走る。

 俺の神妙な顔にカメラが近づくと、鼻毛が映し出された。なんと抜いた方と逆の鼻から。大笑いするスタッフ、しかし俺は当日の葛藤を思い出し安堵する。

 うん、これこそがドキュメンタリー。

【写真説明】2022年2月福岡にて

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