グーフィーの悲哀、泣ける
15年前、当時付き合っていた彼女とディズニーランドへ行った時のこと。
「ディズニーランドへ行ったカップルは別れるってジンクス知ってる? あれは並ぶ時間が長すぎてストレスでケンカするかららしいよ」
と彼女。それに対し
「悪いけど今日は並んでる時間が一番楽しいと思う。トークのジャングルクルーズへようこそって感じよ!」
と返した。何を隠そう、張り切っていたのだ。
しかし俺はあまりに若かった。
「ドカベンって最初は柔道漫画だったって知ってた?」
などと自分本位のクルーズでがっかり船長ぶりを発揮していた。彼女の表情はジンクスの説得力を強く感じさせ、冷静さを失った俺は
「い、岩鬼は風呂に入る時も帽子かぶったまんまなんだぜ」
とさらに谷底へ船を突っ込ませた。ドカベンクルーズは夕方まで続き、俺も彼女もほとほと疲れ果てた後、予約していたディナーショーへ。
ショーが始まると犬をモチーフとしたキャラクターがもろ手を振って登場した。
彼の名はグーフィー。とぼけた顔をしたおっちょこちょいの彼は、舞台を走り回っては転び、全力で観客を楽しませようとしていた。
しかし皆、食事が7でショーが3くらいの集中で向き合っていたので、彼のハッスルプレーはちょっとだけスベっていた。あいつスベってるな、と自分を棚に上げながらモグモグしている俺の前で、彼女は目を細めてグーフィーに手を振っていた。
優しいんだなーと思いながら眺めていると、ショーの終盤に事件が起こる。
スーパースター、ミッキーの登場だ。その瞬間、会場は熱狂が生まれ、全員食事そっちのけで立ち上がり手を振っている。圧倒的なオーラ、カリスマ性、俺もステージにくぎ付けとなった。
だがその最中、俺は目の端で確かに捉えたのだ。ステージ後方で佇むグーフィーの姿を。全部持ってかれたグーフィーの顔を。あんなに走って、跳びはねて頑張っていたのに。全部ミッキーに持ってかれて行ってしまった。
それに気付いた時、俺は泣いた。歓喜の中で、ひとり涙を流した。
東京に馴染めなかった、イケてる奴らが羨ましかった。そんな俺を好きと言ってくれた彼女を、ただ楽しませたかった。グーフィーは、俺だったのだ。
泣いてる俺を見て、彼女は
「どうしたの?」
と聞いてきた。何の言い訳も思い付かず、素直に
「...グーフィーが可哀想で」
と答えると一瞬考えた後、彼女は笑った。
「君はおもしろいなー」
と言いながら。
それがその日、一番の彼女の笑顔だった。
【写真説明】2022年3月 都内にて
ARCHIVE