新たな日韓関係願って 韓国人スケーター参加


 祖父は戦前の全日本スピードスケート選手権を連覇した韓国人スケーターで、自身も小学校二年まで四年間の“在日経験”がある韓国スピードスケート女子代表の崔勝溶(チェ・スンヨン)選手(17)が、間もなく長野五輪の舞台に立つ。祖父からは度々、植民地時代に味わった悔しさを聞かされ、韓国では今なお残る反日感情にも触れる。日本への親近感と違和感を胸に重ねてきた。「両国がもっと親しくなれば」―。アジアで二十六年ぶりに開く冬季五輪に、そんな願いを秘めて挑む。

 崔さんは戦前のスケート界で鳴らした崔龍振(チェ・ヨンジン)さん(85)=大韓氷上競技連盟常任顧問=の孫。父親の錫晩(ソクマン)さん(47)が仕事の都合で東京住まいとなった八三年十一月から八七年五月まで、日本で「宮本溶子」の名で暮らした。

 日本語を話し、「今も日本人が好き」。錫晩さんは「勝溶はまだ幼く、友達も多かったから、日本は美しく楽しく平和な国という印象が強い。『韓国に帰りたくない』と反抗したぐらいだから」と話す。そうした思い出が、ソウルに帰った崔さんを悩ませたようだ。

 毎年八月十五日の「独立記念日」をピークに、韓国の世論は過去の日韓関係に厳しいまなざしを向ける。錫晩さんは崔さんに「どうしてなの?」と尋ねられたこともあった。

 「娘は複雑な立場。高校生になってから、過去は過去、現代は現代と話すようになった」と錫晩さん。崔さん自身は「私が韓国人であることは事実。自分は日本の若い世代といい関係でいたい」と話す。

 祖父の龍振さんは三七、三八年の全日本選手権で総合優勝し、韓国が初参加した四八年サンモリッツ(スイス)五輪では総監督を務めた。祖父が崔さんに話して聞かせた経験談の中には「全日本選手権では日本人からレース中に石を投げられた」という嫌な思い出もある。それでも長野五輪招致委員会特別委員を務めた龍振さんは「孫には日本人ときょうだいになってほしい」と見守っている。

 崔さんは昨年十二月の韓国スプリント大会で五百、千メートルを初制覇。五輪代表切符を得た。長野県とソウルのスケート連盟がこれまで九回開いた「日韓ジュニアスピードスケート競技会」にも六回出場。「長野は思い出の地。長野五輪出場は夢だった」と話しており、十三日、女子五百メートルのスタートラインに立つ。

(1998年2月5日 信濃毎日新聞掲載)