長野五輪ニュース・信濃毎日新聞
2月17日(火)
line

五輪フロント
競技結果
メダリスト
PDF号外
競技日程
写真グラフ
競技と選手
日本選手一覧
競技会場
五輪の舞台
アラカルト
周辺の情報
運営と支援
交通情報
観戦・入場券
五輪への足跡
五輪企画
五輪からあすへ
参加国紹介
テレビ番組

line

パラリンピック

line

信毎フロント
主なニュース
就職ガイダンス
写真グラフ
市町村の話題
インターネット
長野生活大百科
出版案内

信濃毎日新聞
会社案内
購読案内
広告案内

line

ジャンプ団体 日本「金」の大アーチ



(白馬村八方・白馬ジャンプ競技場)
10:00 スタート


 雪の舞う悪コンディション。ラージヒル(K点=120メートル)で争われた団体は日本が四人の合計933・0点でこの種目初の優勝を遂げた。

 1回目に4位と日本は出遅れたが、2回目でまず岡部(雪印)の137メートルの大飛躍で再び首位。斎藤(雪印)も124メートルで続き、原田(雪印)が137メートルを飛んで1回目の79・5メートルの失敗を帳消し。最後は船木(デサント)が125メートルで締めて悲願を達成した。


▽団体

(1)日本    933.0点

   岡部孝信 121.5メートル 137.0メートル

   斎藤浩哉 130.0メートル 124.0メートル

   原田雅彦  79.5メートル 137.0メートル

   船木和喜 118.5メートル 125.0メートル

(2)ドイツ   897.4点

(3)オーストリア881.5点

(4)ノルウェー 870.6点

(5)フィンランド833.9点

(6)スイス   735.0点

(7)チェコ   710.3点

(8)ポーランド 684.2点

 (最長不倒は岡部孝信、原田雅彦=ともに雪印=の137メートルでジャンプ台記録)

 【評】激しく降る雪に悩まされた日本だが、底力で逆境をはね返した。1回目が終わった時点で首位オーストリアと13・6点差の4位。2回目、岡部が向かい風をうまくとらえて137メートルまで飛距離を伸ばし、首位に躍り出ると、二番手以降の選手の重圧が減った。斎藤は助走距離が短くなっても正確な技術でカバーし124メートルを飛んだ。

 悪条件で1回目に79・5メートルしか飛べなかった原田も絶妙のタイミングで踏み切り、上空の風を体全体で受け止めて137メートル。金メダルを引き寄せた。

 船木が飛ぶ前の2位ドイツとの差は90・4点で、106メートル以上を飛べば金メダルが確実な状況。船木は踏み切るタイミングがやや遅れたが、125メートルまで飛び、ドイツとの差をさらに広げる圧勝だった。

   ◇

 [岡部孝信(おかべ・たかのぶ)]

 2大会連続の五輪出場。95年世界選手権ノーマルヒル優勝、団体銅。リレハンメル五輪、97年世界選手権の団体では銀メダルを獲得した。97年シーズンのW杯総合で自己最高の4位。雪印。北海道下川町出身。164センチ、51キロ。27歳。

 [斎藤浩哉(さいとう・ひろや)]

 五輪代表は2大会連続で出場は初。今大会ノーマルヒル(NH)9位、ラージヒルは2回目に進めなかった。95年世界選手権NH2位、団体で3位。97年世界選手権では団体銀メダル。96年シーズンのW杯総合で自己最高の5位に入る。雪印。北海道余市町出身。173センチ、58キロ。27歳。

 [原田雅彦(はらだ・まさひこ)]

 3大会連続の五輪出場。今大会ラージヒル(LH)で3位に入り、五輪個人で初のメダルを獲得した。94年リレハンメル五輪団体では自らの失敗ジャンプで銀にとどまる。世界選手権は93年のNHに続き、97年LHで優勝。LHでの優勝は日本選手として五輪、世界選手権を通じて史上初だった。W杯通算8勝。雪印。北海道上川町出身。173センチ、56キロ、29歳。

 [船木和喜(ふなき・かずよし)]

 五輪初出場の今大会で、日本選手初の五輪ラージヒル(LH)金メダリストとなり、ノーマルヒル(NH)も銀を獲得。昨季のW杯総合で日本選手最高タイの3位。今季は伝統のジャンプ週間で日本選手として史上初の総合優勝を果たす。W杯通算10勝は日本選手最多。デサント。北海道余市町出身。173センチ、64キロ。22歳。

   ◇

 岡部孝信の話 (大ジャンプの時は)飛ぶしかない、と思ってた。137メートルなんて練習ではあるけど、試合では久しぶりにこんなに飛んだ。びっくりした。W杯はだめだったが、五輪に(調子を)合わせてきたのがうまくいった。

 斎藤浩哉の話 今日は良かったですね。うれしいです。でも個人戦での悔しさは忘れずに、次の五輪まで頑張ります。

 原田雅彦の話 やった、うれしい。みんな最高、みんな頑張った。(大失敗の)1回目が終わったとき、つらかった。また迷惑を掛けるのか、と…。2回目はできる限り飛ぼう、と思って飛んだ。(チームを引っ張ったのは)おれじゃないよ、みんなで助け合ったんだよ。

 船木和喜の話 最後に飛ぶときは、前回(リレハンメル)の原田さんの気持ちが良く分かった。すごい重圧を体全体に受けたが、結果は金が取れて最高です。得点板を見た瞬間、鳥肌が立った。最高のオリンピックです。



掲載中の記事・写真・イラストの無断掲載を禁じます。
Copyright 1998 信濃毎日新聞 The Shinano Mainichi Shimbun