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「自分なりの滑りが…」 スピード上原、満足の笑み


<「最後の五輪」 ラストラン>

 スピードスケートの最終種目、女子五千メートルで二つの世界新に沸いた長野市のエムウエーブ。諏訪市出身の上原三枝選手は、「最後の五輪」でのラストランを滑り終え、地元五輪の舞台で初めて満足の笑顔をみせた。「やっと自分なりの滑りができた」。きまじめに、ひたすら「自分の滑り」を追い求めてきた細身のスケーターに、拍手がわいた。

   ◇    ◇

 十六日の千五百メートル。二十一位と不本意な成績に終わった時、上原は涙を流した。「得意種目で力を出し切れず、すごく悔しかった」。原因は今季から履いたスラップスケートになじめなかったこと。「もう自分の力を出せないのではないか」と悩んだ。

 そんな時に日体大先輩のアドバイスがあった。大学卒業後も面倒を見てくれている五輪代表の青柳徹選手(東芝)。上原の愚痴を黙って最後まで聞いた後、「レースで悔しい思いをしたら、レースで返すしかないだろう」とだけ言った。「先輩の言葉でふっ切れた」

 きまじめで、物事を考え過ぎてしまう上原は、四年前も悩んでいた。九二年アルベールビル大会には出場したが、九四年リレハンメル大会のシーズンは自分の滑りを見失い代表を逃した。

 それから変わった。ラップを忠実に守り、「機械になろうとしていた」滑りをやめ、「自分の感覚」を大切にしようと決めた。フォームも日本女子選手の中では異質な「力強く大きな滑り」に改造し、男子以上の練習量をこなした。九六年の世界選手権で総合三位。この日のレースで世界新を出したペヒシュタイン、グンダ・ニーマン(ともにドイツ)両選手と表彰台に上がり、日本女子長距離陣を引っ張ってきた。

 しかし、スラップスケートの登場で一から出直し。長野五輪直前、大学時代から指導を受けてきたコーチが、学生の集団暴行事件の責任をとり選手団から外れるつらい事態も重なった。

 長野五輪で最後のレースになった五千メートルは、自身の持つ日本記録に届かず十一位だったが、「やっと自分なりの滑りができ、今シーズンで一番良かった。最高の舞台でお世話になった人たちに、私らしいレースを見ていただけたことがうれしい」。観客席で見守った両親の寿雄さん(60)、りく子さん(59)も安どの表情を見せていた。



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