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ノルディック複合団体 胸張る勇者・健司…完全燃焼


 ビクトリーランはなかったけれど、表彰台にも届かなかったけれど、荻原健司選手がこの大会最後のゴールに到達した時、人々はそこに、情熱と体力を限界まで燃やし尽くした真の競技者の姿を見た。世界の頂点に君臨した“キング・オブ・スキー”は「地元五輪でメダルを」という期待を一身に受け、重圧と闘った。かつて健司と同じ思いを味わった選手たちも、その知られざる闘いのか烈さゆえに共感を惜しまない。

 「前にだれも走っていないなんて信じられない。次はプラチナメダルを目指します」(92年2月、アルベールビル五輪の団体で金)

 「個人の金で喜びもひとしお。僕らが目立って複合の人気が出るのはうれしい」(93年2月、世界選手権の個人で初優勝)

 アルベールビル以来、世界選手権、W杯と連勝街道を突き進んだ健司。その卓越した力と日本選手らしからぬ伸び伸びとした言動の健司を、北欧の人々は「宇宙人」と呼んだ。長野五輪が近付くにつれ、健司自身もメダル獲得を口にするようになる。

 そうした健司の気持ちを、マラソンでソウル、バルセロナ両五輪に出場した中山竹通さん(38)=北安曇郡池田町出身=はこんなふうに推し量る。「言うことを言えば、結果を出さなくてはいけない。発言の奥には自分の信念があるのだと思う。もっと高い所へ行くために自分に言い聞かせている」

 中山さんもメダル候補と騒がれ、四位でも惨敗扱いされた。「五輪は国を背負うけれど、選手は個人。私はソウルの後は自分なりの納得だけを大事にするようにした」と振り返る。

 「五輪になると何でみんな大騒ぎするのかなあ。(成績の)予想が出ているけど、選手は競馬の馬じゃない」(94年1月、リレハンメル五輪を前に)

 健司が「みんな大騒ぎ」と形容した五輪。ふだんスポーツに関心がない人も、この期間は「ニッポン頑張れ」「メダルを取れ」の大合唱に加わる。その姿を、水泳の五輪選手、千葉すずさん(22)は今「日本では四年に一度の発作のよう」と表現する。

 千葉さんはアトランタ五輪の後のテレビ出演で、憤然として「みんなメダルきちがい」と発言した。その思いは今も変わらない。「だれだって自分の人生を他人に評価されたくない。それなのにスポーツ選手にだけはそれが許されてしまうような雰囲気がある。私はそのことに納得いかない」

 「前回と違うのは、日の丸の重さを感じたこと」(94年2月、リレハンメル五輪で団体2連覇)

 「僕を年寄り扱いした人たちに『ざまあ見ろ』と言ってやりたい」(97年2月、世界選手権で優勝)

 「選手宣誓では、さすが荻原、日本男児だと言われるようにしたい」(98年1月、五輪代表選手に)

 長野五輪が迫るにつれ、健司に高まっていくメダルの重圧感。それを最もよく知るかつてのチームメート河野孝典さん(28)=下高井郡野沢温泉村=はこの日、林間コースの一番上りがきつい所で健司に声援を送った。

 健司がここ数年、受けてきた重圧を河野さんは「ジャンプではリュックサックを背負って飛び、距離では両手にバッグを抱えて走るようなもの」と言う。「競技に対する執念と精神力ですよ。健司がここまで集中力を途切れさせずに来られたのは」

   ◇

 レース後の健司。「この四年間ずっと『金メダル頼むぞ』と言われてきた。けれど、結局やるのは、僕。地元の白馬で自分の全力を出すことに集中した」とさばさばした表情。記者会見で「以前、宇宙人と呼ばれたが…」と問われた時には「地球に戻って来て、やっと僕たちの仲間になったということでしょうか」と、健司らしい冗談が出た。



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