2020年10月14日

伝え 生かす 10・13の記憶

 あの日の出来事をこれからの地域に生かしたい―。昨年10月の台風19号による千曲川決壊から1年となった13日、被災地で住民が顔を突き合わせ、語り合った。長野市豊野の温泉施設「豊野温泉りんごの湯」で開いた「10・13を伝えていく集い」では、復興のシンボルにしたいと新キャラクターが披露され、市長沼支所では消防団長、区長らが災害時の身の守り方について意見交換。長沼小学校では浸水した校舎の復旧に携わった業者に児童が感謝を伝え、避難の手順を改めて確かめた。
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 「10・13を伝えていく集い」は、豊野地区の住民らでつくる実行委員会などが主催し、80人余が集まった。犠牲者に黙とうをささげ、復興への思いを新たにした。
 まず、水に漬かった家々や炊き出しの様子をスライドで振り返った。旧豊野町時代に作られたキャラクター「ゆたかちゃん」に続くキャラクターとして、復興の象徴に位置付ける「ゆたかちゃんジュニア」を発表。特産のリンゴの形をした丸顔と、地域の豊かさを表す鮮やかな緑色の洋服が特徴で、クラッカーと拍手で誕生を祝った。
 豊野地区災害復興対策委員会の善財孝文委員長(68)は、避難した306世帯の77%に当たる237世帯が市が借り上げた「みなし仮設住宅」などに身を寄せたままとし、「災害に強く活力あるまちづくりを成し遂げなければならない」。豊野町豊野の自宅1階が水に漬かり、今年6月にようやく戻ることができた土屋慶子さん(75)は「時間はかかるかもしれないけれど、早く元の地域に戻ってほしい」と願った。
 実行委は、今後も定期的に台風災害の記憶を継承する催しを開いていくという。
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 長沼地区住民自治協議会が市長沼支所仮設庁舎で開いた「防災・減災まちづくり座談会」には、各区の役員や市危機管理防災課の職員ら約20人が出席。1年前を振り返り、災害への備えを話し合った。
 下川悦夫・津野区長(66)は、被災前は区内に73戸あったが、現段階で地区に残ると決めているのは32戸だけと説明。「子どもたちは他に移り高齢者だけの世帯もある」と避難の呼び掛けや誘導の担い手不足が課題と指摘した。市消防団長沼分団の団員48人のうち地区に現在暮らしているのは半数余にすぎない、とも説明。高見沢昇分団長(51)は「長沼全体で団員の確保を考えていかないといけない」と声を上げた。
 他の区役員からは、昨年の災害で避難指示が出た後も自宅にとどまった住民が多かったことを踏まえ、自分の住む地区が数時間後にどうなるか具体的なイメージが湧く情報提供を考えてほしい―と市に求める声もあった。市の担当者は、住民に危機感を持ってもらえるような伝え方を考えたいとした。
 同自治協は、今後も意見交換を重ね、長沼地区独自で策定した避難ルールや防災計画に反映させる考えだ。
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 1・5メートル余り床上浸水した長野市長沼小学校(全校児童92人)ではしばらく校舎が使えず、柳原小の一角で授業を再開、年明けから本校舎と1階の機能を移した仮設校舎で過ごしてきた。体育館が復旧したのは夏で、9月末に本校舎の1階も使えるようになった。13日は、一帯を覆った泥を片付けた自衛隊やボランティアら、復旧工事を手掛けた業者に向けた「感謝の会」を体育館で催した。3社の3人が出席した。
 児童は、学年ごとに「(本校舎が)ピカピカでびっくりしました」「大切に使います」と声をそろえ、4年生は「皆がバラバラになって(新型コロナウイルスで)休みにもなって我慢してきました。校舎が元通りになりうれしいです」と感謝の言葉を贈った。
 児童会長の6年生、西片俊太君(12)は、1年前を「現実なのかと悲しかった」と振り返り、支援を受け「一日一日、大切に頑張ろうと思えるようになった」と話した。
 氾濫を想定し、校舎の上の階に逃げる「垂直避難」を初めて訓練。2階の教室で学ぶ1~3年生が階段を上り3階に向かった。2年の長沼英祐君(7)は「逃げる場所が分かって良かった」。保護者に迎えに来てもらい、一緒に帰るまでの手順も確かめた。

「10・13を伝えていく集い」で被災当時の映像を見る地元住民ら=13日、長野市豊野町
座談会で意見交換する松尾一郎・東大客員教授(中央)や地元区長ら=13日、長野市長沼支所
被災して復旧した体育館で工事関係者に感謝のメッセージを発表する長沼小の児童たち=13日、長野市津野