TOP2020年02月水野氏時代の松本城絵図 生坂の古民家で発見
城絵図に詳細に描かれた本丸御殿
水野氏時代に描かれたとみられる絵図を紹介する南山さん=13日、松本城管理事務所

 17世紀半ばから18世紀初頭まで松本藩主を務めた水野氏時代の「信州松本城絵図」が見つかり、松本市教育委員会松本城管理事務所が13日、報道陣に公開した。フィンランド人医師のヤニ・アントラさん(フィンランド在住)が同事務所に寄贈。1727年に火事で焼失した藩主の住まい「本丸御殿」が屋根まで詳細に描きこまれている。同事務所によると、御殿の外観が明確に分かる史料が見つかったのは初めて。

 大きさは約2メートル四方。絵図の隅には「信州松本城畫圖(えず)(画図)水野出羽守(でわのかみ)」と書かれている。中心に城郭を大きく描き、複数の棟から構成される本丸御殿の外観を詳細に伝えている。同事務所研究専門員の南山孝さんは「天守や門を立体的に描いた絵図はあるが、御殿の屋根まで描かれているのは初めて見た」。御殿内部の間取りが描かれた図はこれまでも見つかっている。

 城郭の堀の幅や深さ、石垣の高さが記されているのも、これまで同事務所が所蔵する絵図には見られなかった点。同事務所によると、城下町の南北を縮める描き方が水野氏時代の城絵図の特徴に合致している。女鳥羽川が「めとうだ川」と記述されている点などから、水野出羽守と呼ばれた2代目の忠職(ただもと)が藩主を務めた1647〜68年ごろに作られたと考えられるという。

 水野氏は1642〜1725年に松本藩主を務めたが、江戸城で他の大名を切り付けたことがきっかけで取りつぶしになった。松本に残る水野氏関連の史料は少なく「貴重」(南山さん)。絵図は、日本人の妻を持つアントラさんが、購入した東筑摩郡生坂村の古民家で見つけた。なぜ古民家に絵図が残っていたのかは不明だが、「城にとって必要な史料なら公開して役立ててほしい」と、昨年11月にアントラさんが同事務所に絵図を持ってきたという。

 虫食いなどが目立つため、当面は同事務所で保管。同事務所城郭整備担当課長の原文彦さんは「デジタル化や博物館での展示も含め、どう市民に見てもらうか考えていきたい」としている。

2020年2月14日掲載

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