津波被害 故郷の今は 本紙記者、宮城・亘理町へ

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 いたる所にがれきが散らばり、住宅が多い区域にあるはずのない漁船が乗り上げていた。子どもの頃、好きな海を眺めたり釣りをしたりしに来た阿武隈川河口の荒浜地区は、変わり果てていた。ぼうぜんとしたことを思い出す。

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〈亘理町の震災被害〉宮城県南部に位置する亘理町は、仙台市のベッドタウンで、イチゴ栽培や漁業が盛ん。2011年3月11日の東日本大震災では、津波で町の面積の48%が浸水し、306人が犠牲になった。住宅は地震と津波を合わせ約6200棟が全壊、半壊などの被害を受けた。震災による町の被害額は3352億5300万円。
堤防が新たに整備された荒浜海岸周辺=2月22日、宮城県亘理町
津波で堤防が壊れ、防風林がなぎ倒された荒浜海岸周辺=2011年3月27日
荒浜地区交流センターの2階から太平洋側を眺める菊池さん(右)と岡崎さん。震災以前、一帯は多くの住宅が並んでいた=2月22日、宮城県亘理町
整備された荒浜漁港。右側には産直市場などが入る「きずなぽーとわたり」が新たに造られた=2月22日、亘理町
津波を受け、がれきに覆われた荒浜漁港周辺=2011年3月27日

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