〈国境の街から シリア内戦10年 難民たちの今〉身一つで壁越え トルコへ 写真家小松由佳さん寄稿(上)

長野県 政治
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 中東民主化運動「アラブの春」に端を発した反政府デモから内戦が始まり、10年にわたり混迷が続いているシリア。今も深刻な人道危機のさなかにある。シリア難民の取材を続ける写真家の小松由佳さん(38)=東京都=はこの春、シリアと国境を接するトルコ南部の街へ入った。現地の状況と難民の人々の暮らしを、2回に分けて寄稿してもらう。

■トルコ国境の壁を越境するのはなぜ?

 トルコ南部ハタイ県、シリア国境の街レイハンル。郊外に、オリーブの木々が点在する赤茶けた山が見える。その山肌を縫うように不自然に続いているのは、国境の証しであるコンクリート壁だ。

 2016年以降、トルコ政府はシリア人の入国を拒否するようになり、ほとんどのシリア人にとり、トルコ側への越境は、密入国するしか方法が残されていない。

 国境は厳重な警備で守られ、越境が見つかれば国境警備隊に狙撃され、実際に死者が出ている。また密入国業者への高額な支払いも必要だ。それにもかかわらず、越境を試みるシリア人は後をたたない。

 シリアで今、何が起きているのか。そして人々はなぜトルコへの越境を決め、どのように壁を越えてくるのか。この5月、越境のポイントとして知られるレイハンルで取材を進めた。

■銃撃への恐怖より強い越境への意思

 街の一角に、ごく普通の一軒家がある。その一室で待っていると、30歳ほどの2人の女性と10歳ほどの子供が、人目を気にしながら足早に入ってきた。今朝、越境してきたばかりのシリア難民だ。

 3人は親族で、女性たちはそれぞれ、子供や夫をシリアに残してきたという。密入国には1人当たり約750ドル、平均月収の7~8倍ほどのお金が必要で、家族全員が越境するための資金がなかったからだ。

 3人は、シリア側の国境近くに移動し、オリーブの木々の下で10日間を過ごした。シリア側とトルコ側の両方から、密入国業者が安全に越境できるタイミングを見計らい、今朝、一気に国境を越えた。コンクリート壁は3メートルほどの高さでシリア側とトルコ側にそれぞれ、合わせて二つある。それらを業者が用意したハシゴで上り、飛び降りて進んだ。

 壁の上には有刺鉄線が張られていて、3人の衣服や体を引き裂いた。国境警備隊に銃撃されることへの恐怖心は常にあったが、それ以上に、トルコへ越境したいという意思が強かったという。

■おびえる毎日「水も電気もなければ、安全さえもない」

 30代前半の女性オラは、この危険かつ高額な国境越えの背景について語った。

 「イドリブでの生活は非常に厳しいものでした。水も電気もなければ、安全さえもなかった。飛行機による爆撃や、爆発におびえる毎日でした」。反体制派勢力最後の拠点とされる北西部イドリブ県では激しい空爆が今も続き、市民に多くの死傷者が出ている。オラはまさにそのさなかに暮らしていた。

 オラによれば、空爆の恐怖もさることながら、物価の高騰で満足に食料も買えず、食事は1日に1回だった。年々生活状況は悪化し、水道や電気、ガスがほとんど使えないことも増えた。特にこの冬は飢餓と厳しい寒さに苦しんだ。もうこれ以上シリアでは生活できないと、トルコに逃れる決断をしたという。

 750ドルは、家の家具を売り、複数の親戚から借金をして用意した。その返済をし、夫や子供たちがトルコに越境できる資金を作るため、これから都市部の工場でとにかく働き、お金をためる予定だ。

 「重要なことは、私たちが国境を越えることができたということです」。越えられるか否かで運命が大きく変わるのだと、オラのその目が語っていた。

 2021年現在、国外に暮らすシリア難民は約560万人。このうちおよそ3分の2に当たる380万人近くがトルコで避難生活を送る。内戦から10年、収束の兆しさえ見えないシリアの戦火から身一つで逃れ、かつての日常を取り戻すために戦おうとする多くのシリア人の姿を見た。

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 〈こまつ・ゆか〉 秋田県生まれ。2006年、世界第2の高峰K2に日本人女性として初登頂。シリア内戦・難民をテーマに撮影を続け、ノンフィクション「人間の土地へ」で今年5月、山本美香記念国際ジャーナリスト賞受賞。20年4月より本紙書評委員。

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 〈シリア内戦〉 2011年3月に始まった反政府デモをアサド政権が武力弾圧し、反体制派が反攻、内戦となった。政権軍や民兵、反体制派、過激派などが入り乱れ、全土で複雑な構図の戦闘が続いている。シリア人権監視団(英国)は1日、シリア内戦の死者が今年5月までに少なくとも49万4千人に達し、このうち民間人の犠牲者は子ども2万5千人を含む16万人に上ると発表した。

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(下)は11日に会員限定記事として公開する予定です。会員登録(無料)すると月5本まで読めます。

今朝、シリア側から国境を越えトルコに入国してきたという3人。その表情から、越境に成功した安堵感が伝わってきた=5月(写真はいずれも筆者撮影) 
トルコ南部の街レイハンル。シリアと国境を隔てるコンクリート壁が山肌を縫う。壁の左側がシリア
小松由佳さん

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