夜の銀座、夜の長野で商売一筋の人生 長野の高橋さんが自伝小説で振り返る

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 1970(昭和45)年ごろに東京・銀座の一流クラブでナンバーワンとなった後、2000年前後まで地元・長野市で県内外の政財界トップが集った高級クラブや割烹(かっぽう)を経営した高橋千恵さん(74)=長野市県町=が、自伝的小説「赤い花」(龍鳳書房)を出版した。家出同然で上京後に銀座で上り詰め、長野の社交場を切り盛りした日々を描写。確執を抱えながらも慕い続けた母親への愛憎や、「水商売」の道一本で生きてきた自負を赤裸々につづった。

■家を飛び出し東京へ

 幼いころから義父と母親から暴力を受け、親の愛に飢えていた。母親に高校を中退させられ家を飛び出し、東京のバーやキャバレーで働くようになった。憧れの銀座のクラブに行き着いたのは21歳。各界の著名人の相手をするのに、新聞に隅々まで目を通し、客や企業関連の情報収集を日課とした。「人となりや考え方、社会情勢をしっかり押さえた」。毎晩豪遊する派手な客よりも、月に1度しか来ない控えめな客を大切にし、頂点に立った。

 同市県町の官庁街に近い割烹「ちんや」のおかみだった母親に呼び戻され、70年に「くらぶ千家」を開店。銀座のホステスやスカウトも手伝いに来た。長野のクラブの草分けで、当時はなじみのなかったボトルキープやコンパニオン派遣のシステムを導入。長野随一の活況を呈した。

■闘病しながら執筆に7年

 割烹のおかみも継いだ。バブル崩壊後、時代の流れの中で客足が遠のき、98年長野冬季五輪直後に50年の歴史に幕を閉じた。数年してがんを患いクラブも畳んだ。その後も身寄りのない元従業員と一緒に暮らし、面倒を見てきた。

 小説は上下2巻。同級会で自分史の執筆を進められ、闘病しながら7年がかりで形にした。高度経済成長などの世相を盛り込み、店をひいきにした建設や流通業のトップらや、知事をはじめとする県幹部や県議ら多彩な顔ぶれも登場する。

 きらびやかな生活の一方で、母親がつくった多額の借金の返済に追われ、何度も金をせびられるなどの確執が物語の柱だ。「辛辣(しんらつ)に書きすぎたかな」と逡巡したが、家族が「事実だから」と背中を押してくれた。「私は母の愛がほしかった」と高橋さん。小説を通じ「行き違った親子の形を知ってほしい」と話す。

出版した「赤い花」を手にする高橋さん

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