戦時中の上田の暮らしって? 高校、大学生が住民の体験を聞く 「#あちこちのすずさん」プロジェクト

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 上田市の高校生、大学生が30日、同市川辺小学校にある「川辺泉田地域歴史資料館」を訪れ、太平洋戦争中の暮らしについて住民の話を聞いた。NHKと信濃毎日新聞など全国の地方紙が戦時下の暮らしを伝える「#あちこちのすずさん」プロジェクトの一環。若者たちはこれまでに聞いたり調べたりした内容をデジタル地図に記録した。

 塩崎武彦さん(82)ら同館運営委員が案内した。塩崎さんは旧上田飛行場などが空襲された1945年8月13日朝、庭の池で野菜を洗っていたという。当時の様子を「うなるような異様な音をさせて飛行機がやって来た」と説明。爆弾の破片や薬きょうが田畑にも散らばり、「真ちゅう製の薬きょうを拾って売り、小遣いにした」と振り返った。

 上田染谷丘高2年で川辺小出身の小林颯汰さん(16)は「自宅から100メートルほどの田にも薬きょうが落ちたと知って考えさせられた」と話した。

 この日は同高と上田西高、上田千曲高の生徒、長野大生計15人ほどが参加。午後、リモートで加わったNHKの同プロジェクト担当者の進行で、心に残ったことをグループごとにデジタル地図に記録した。発表では、「赤飯だと思って喜んだらコーリャンだった」「いつも『日の丸弁当』なので、梅干しの酸でアルマイトのお弁当箱に穴が空いた」といった食糧事情の逸話などが上がった。

 進行役に「当時の食糧事情を同世代にはどう伝えるか」と問われ、上田染谷丘高2年の楜沢伶祐さん(16)は「今は食べられるのが当たり前。まずは『食べられない』状況を想像してもらってから、当時のことを伝える」と答えた。

(8月1日付 東北信面より)

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 戦争という厳しい時代を生きた方々の体験、思いを語り継ぎたい―。信濃毎日新聞に載った投稿、記事から、戦時下の暮らしを伝えるエピソードを紹介します。

 それぞれの投稿、記事は、以下のURLからアクセスしてください。

https://www.shinmai.co.jp/news/list/4/138

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旧上田飛行場周辺に落とされた爆弾の破片を見る上田染谷丘高の生徒ら
デジタル地図に記録する上田西高校生(左の3人)とその内容を聞く長野大生

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