〈山ろく清談〉 パティシエ 青木定治さん 軽井沢で新しい味生み出す

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 お金も持たず、フランス語もできないまま単身パリに飛び込んだのは20歳の時。10年ほどして会社をつくりました。長野冬季五輪があった1998年。「ナガノはどの辺り?」と聞かれたものです。エクレアなどフランスの古典菓子に抹茶などを取り入れてみました。日本的なものへの関心が高まった時期にうまく提案でき、ブームの火付け役と言われました。

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あおき・さだはる 東京都出身。1989年渡仏。2001年、パリにパティスリー・サダハル・アオキ・パリ1号店を開店。14年より世界最大のチョコの祭典「サロン・デュ・ショコラ」で最高位を5年連続獲得。53歳。北佐久郡軽井沢町のパティスリー・サダハル・アオキ・パリアトリエ軽井沢店で。

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