〈山ろく清談〉化学者・野依良治さん 科学的根拠に謙虚な政治に

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 終戦の年に神戸の小学校に上がり、2学期まで兵庫県西部に疎開しました。スズメを捕まえて食べたり、リンゴ箱の上で勉強したり。5年生の時、湯川秀樹先生が日本人初のノーベル物理学賞を受けました。戦争に負けたが科学では負けてないと胸を張れました。「国破れて山河あり」ならぬ「国破れて科学あり」でしょうか。

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のより・りょうじ 神戸市出身。京都大工学部卒。不斉合成反応の新原理を発見し、のちに不斉水素化触媒反応を発明して2001年にノーベル化学賞を受賞した。理化学研究所理事長などを歴任し、現在、名古屋大学特別教授、科学技術振興機構研究開発戦略センター長などを務める。82歳。北佐久郡軽井沢町の軽井沢プリンスホテルウエストで。

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