〈戦後日本 底辺から撮る 「売れない」写真家樋口健二〉第5回 原発労働者

長野県 文化・芸能
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 2日、福井県敦賀市の市街地から小雨の中、敦賀半島北部へ海沿いに車を走らせた。30分ほどで丸い天井の建屋が現れる。日本原子力発電(原電)敦賀原発1号機、その奥に2号機。いずれも稼働はしていないが定期検査などは続き、一日500~700人の作業員が働く…

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敦賀原発1号機炉心部の入り口。数分刻みで人員が交代する「人海戦術」によって作業が進められていた(1977年7月、樋口健二さん撮影・提供)
被ばく労働の裁判を闘っていた岩佐嘉寿幸さん。写真は信頼する樋口さんにしか撮らせなかった(1984年、樋口健二さん撮影・提供)
敦賀原子力館からガラス越しに見る敦賀原発。テロ対策などを理由に原則、撮影は制限されている=2日、敦賀市
中部電力浜岡原発内で働き、白血病のため29歳で亡くなった嶋橋伸之さんの遺影を持つ両親(1995年、樋口健二さん撮影・提供)

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