〈アーカイブ 芦部信喜 平和への憲法学〉実家への遺書、友の戦死… 痛嘆、新生憲法に抱く原点に~第1部 源流伊那谷から⑥

有料会員記事
芦部の生家。形見を受け取った母は座敷で一人泣いた=駒ケ根市赤須町

 太平洋戦争で日本軍が勝利を重ねたのはわずか半年だった。1942(昭和17)年6月のミッドウェー海戦大敗北で戦局は転換する。ガダルカナル島では翌年、米軍の猛攻撃で多数の死者を出して撤退した。

 東京帝大生の芦部信喜(のぶよし)が学徒出陣で陸軍金沢師団に入営したのは、その43年のこと…

あわせて読みたい