憲法事件を歩く 第3部「25条」⑥ 「立法府の裁量」で敗訴 放棄された司法の役割

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「どうしてこんな判決が」と問い直すような面持ちで、堀木フミ子は見えない目を裁判官席に向けた。1975(昭和50)年11月10日、大阪高裁の法廷。裁判長の増田幸次郎(90年死去)は、堀木が勝訴した一審神戸地裁の判決を取り消す判決を言い渡した。母子家庭を対象にした児童扶養手当を請求し、却下された全盲の堀木が…

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