【ハンセン病 いま向き合う】(下) 無自覚な差別と闘う社会を

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ハンセン病元患者であることを「自らは言わない」できた人生を振り返る諏訪地方の男性

 諏訪地方で暮らすハンセン病元患者の男性(83)は、自身の病歴について「自らは言わない」で過ごしてきた。

 男性は20歳まで国立ハンセン病療養所栗生楽泉園(くりうらくせんえん)(群馬県草津町)で暮らした。元患者らが1998年、国のハンセン病患者隔離政策を違憲とし賠償を求めて熊本地裁に提訴すると、当時の勤め先を退職し、原告に加わった。

 自身の病歴は子どもも知っている。近所にも知っている人がいる。それでも「自らは言わない」という男性の心には、訴訟に加わった際、故郷で暮らす2歳上の姉から言われた言葉が残る。「テレビにはあまり映らないで」

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 男性は茨城県出身。小学生だった1948(昭和23)年に栗生楽泉園に入所した。8人きょうだいの下から2番目で、他に5人のきょうだいと一緒に入所した。「入所が当然だと思っていた」。同園の教育施設を出た後…

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