思索のノート〈小説の森に迷う〉作品の鉱脈、そこらじゅうに(井上荒野)

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 アリス・マンローは大好きな、敬愛する作家だ。

 2013年にノーベル賞を受賞したから、名前を知っている人も多いだろう。カナダ人で今年91歳になるはずだ。短編小説の名手である。

 彼女の小説を読むと、いつでも私はびっくりする。意表を突くストーリーとか、独特なキャラクターとか、奇抜なトリックに驚かされるのではない。マンローが書くのはいつも、平凡な人たちの、平凡な人生である。それなのにドラマがある――あるいは、これほどにかすかな感情の揺れ、日常のゆがみが、小説に書くに足るドラマになるのだ、ということにぼうぜんとなる。

 マンローはいったいどうやって、このような物語を見つけだすのだろう。そう、マンローにかんしては、「思いつく」というより、「見つけだす」という言葉を使いたくなる。あるいは「救い出す」でもいいかもしれない。人生の中に、過ぎていく日々の中に、放っておけばやすやすと埋もれていく小さな、出来事ともいえないほどの出来事を、彼女のペン(あるいは、キーボードをたたく指)は救い出す。そして、その小さな出来事に、そこにしかない、無数の細部や、気が遠くなるような奥行きがあることを…

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