小2で失明宣告 三味線稽古の毎日 「生きていくため」必死【記事朗読の音声あり】
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■いのち響かせて~里枝子さんと越後瞽女唄⑤
越後瞽女(ごぜ)唄に取り組む東御市の広沢里枝子さん(63)が稽古を始めたのは2014年。めきめきと上達したのは、あふれる熱意のほかに、小学生の頃、邦楽の一つ、長唄の三味線を習ったという素地があったからでした。
里枝子さんが生まれたのは静岡県沼津市。4歳の頃からピアノを習いました。楽譜は見えづらかったのですが、聞いた音を頼りにどんどん弾きました。
進行性の網膜の病気と診断され、失明の宣告を受けたのは小学2年生の時。母親は娘の目が見えなくなっても、音楽で身を立てられないかと、盲学校に相談に行きました。しかし、当時ですから「楽譜が見えなければ、ピアニストになるのは無理」との回答。そこで探したのが、長唄三味線の師匠だったのです。母自身も琴をたしなむなど、母の実家は、一家で邦楽に親しんでいたからです。
「プロにならないと駄目」と母は言いました。「一生懸命やって、それだけの腕になれば…