〈社説〉処理水放出着工 既成事実を重ねるだけか

 東京電力が、福島第1原発で発生する処理水の海洋放出に向けた工事を始めた。

 放出に伴う風評被害の懸念は強い。漁業者らが反対し続ける中での関連設備の本格着工である。

 政府と東電は2015年、「関係者の理解なしにはいかなる処分もしない」との約束を地元漁業者と交わしている。

 既成事実を積み重ね、最後は押し切る。そんな展開を視野に入れているように見える。放出は来年春ごろを目指すという。政府と東電は、理解を得る責任を再認識しなければならない。

 汚染水を浄化処理したものが処理水だ。トリチウムという放射性物質は除去できず、林立する大きなタンクにため続けている。

 原発敷地にタンクを増やす余裕がなく、このままでは廃炉作業に支障が出るとして、昨年放出が決まった。沖合1キロに流すための海底トンネルや配管を整備する。

 安全性に問題はないとされている。だが過酷事故を起こした原発からの放出だ。国内外の不安を払拭するのは容易でない。放射性物質の測定結果など情報発信を丁寧に行うのは大前提だ。

 福島県の沿岸漁業は原発事故によって甚大な被害を受けた。試験操業を経て少しずつ復活してきたものの、21年の水揚げ量は事故前の2割ほどにとどまる。

 放出の完了には数十年かかる見通しだ。「漁師を継いだ息子や孫が生活できなくなる」との声が聞かれるのも無理はない。

 政府はこれまで、漁業継続を支援する「超大型の基金創設」といった対策を示している。漁業者の納得は得られていない。

 立地自治体である福島県、大熊町、双葉町は今月、放出設備の着工を了解した。復興の前提となる廃炉作業を少しでも前に進めるための判断だった。

 処理水の処分が廃炉作業のほんの一歩に過ぎないことも忘れてはならない。タンク跡地に溶融核燃料(デブリ)の保管施設などを建設する予定だが、そもそも取り出せる目途が立っていない。

 第1原発一帯は、除染で出た汚染土の中間貯蔵地が敷地を囲むように広がる。30年後には県外に運び出すと政府は約束したが、行く先は依然決まっていない。

 問題をぎりぎりまで先送りする。結局は地元に我慢を強いる。事故対応全体に当てはまる図式ではないだろうか。

 そんな姿勢を改めなければ、信頼関係の構築は望めない。政府と東電は肝に銘じるべきだ。

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