【上高地の1世紀 歩みとこれから】⑫鉄路分断「今までにない衝撃」 昨年8月の大雨 傾いた橋脚・ゆがんだ路線
■第2部 上高地線 歴史と紡ぐ思い①
傘を差しても地面から跳ね返る雨ですぐにびしょぬれになった。前日から大雨が続いていた昨年8月14日の夕方、アルピコ交通(松本市)上高地線の安全統括管理者、北村敏晴さん(52)は松本市の西松本―渚間の田川に架かる「田川橋梁(きょうりょう)」へと急いだ。
この日の松本の日降水量は8月としては過去2番目に多い135・5ミリを記録。「橋がおかしい」。会社から連絡を受けて現場に向かった北村さんの目に飛び込んできたのは、ぐにゃりと横に曲がった線路。増水で河床が削られたことで橋脚が傾き、橋桁や線路にゆがみが生じていた。
脳裏には、2019年の台風19号豪雨で崩落し、復旧に約1年半かかった上田電鉄別所線(上田市)の赤い鉄橋が浮かんだ。「これは長くなる」。車両の脱線がなかったことに安堵(あんど)しつつも、復旧への長い道のりを覚悟した。
◇
1921(大正10)年10月、筑摩鉄道が松本―新村間で営業を開始した島々線(現上高地線)。上高地の観光開発や地域振興を目的に敷設され、翌22年9月に全線開通した。1世紀にわたり…