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深志城時代の土塁か 松本城二の丸で松本市教委発掘

松本城西外堀の調査で発掘された土塁跡。築城前に造られたとみられる=12日、松本市松本城西外堀の調査で発掘された土塁跡。築城前に造られたとみられる=12日、松本市
 松本市教育委員会が進めている国宝松本城の西外堀の発掘調査で、1590年代の築城以前に造られたとみられる土塁跡が初めて二の丸の西端部で12日までに見つかった。戦国時代に敵の侵入を防ぐ目的で造られたと推定され、前身の「深志城」の遺構の可能性がある。市教委は当時の城の状況を知る貴重な手掛かりとみて、詳細な年代の特定などに向けて調査を続ける。

 深志城は1504(永正元)年、小笠原氏の一族が築いたと伝えられ、1582(天正10)年に松本城に改称。その後、1590年代に新たな城が建てられた。深志城の遺構はこれまでに三の丸で堀などが確認されているが、二の丸では見つかっていなかった。土塁跡は、戦国時代の深志城が要塞(ようさい)の機能を持っていたことを裏付けるとともに、詳しく分かっていない深志城の規模などの解明につながる可能性もある。

 土塁跡は、高さ1・6メートル、幅4メートル。土塁の下部には崩れるのを防ぐために積んだとみられる石も残っていた。掘り出されたのは一部で、本丸の西側を南北に延びている可能性がある。

 松本城の天守や門、堀などは1590年代に整備されたと伝えられているが、土塁跡が見つかった土層は1500年代半ばまでの出土品しか含まれておらず、市教委は松本城の築城前に造られたと推定した。

 今回の調査では、松本城の二の丸が土を2メートルほど盛って造られていたことも初めて判明した。市教委文化財課課長補佐の竹内靖長さんは「松本城が築城される前の様子や、どのように造られたかは分からないことが多い。大きな発見だ」としている。同課は16日午後1時半から現地で無料の説明会を開く。雨天中止。問い合わせは同課(電話0263・85・7064)へ。

(9月13日)

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