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学力テスト 弊害を生むばかりだ

 全国学力テストの成績を、校長や教員の評価、給与に反映させる制度を設ける。ついにそんな方針を掲げる自治体まで現れたことにあぜんとさせられる。

 正答率を前年より何ポイント上げる、といった数値目標を設け、達成した場合は手当を増額するほか、学校の予算を増やす。逆に達成できない場合は減額する―。大阪市が想定した仕組みである。

 市の教育委員から慎重論が相次ぎ、学力テストの結果による評価は校長に限定する方向になったようだ。とはいえ、学校や教員に圧力をかけて成績を上げさせようとすることに変わりはない。

 小6と中3の全員を対象にした全国一斉のテストが始まって10年余り。自治体や学校間の競争があおられ、弊害が深刻さを増している実態に目を向ければ、さらに続ける意味は見いだせない。

 大阪市の方針は、成績が2年続けて政令市で最も低かったことが背景にある。子どもの学力の向上を図るのは大事だが、このやり方は間違いだ。点数にとらわれて学校や教員を追い立てれば、教育を根本からゆがめてしまう。

 1956年に始まったかつての全国学力テストが、競争が過熱して打ち切られたのを思い起こさせる。対策に多くの授業時間を充てる学校が増えたばかりか、学力が低い子を欠席させる、教員がさりげなく正答を教える、といった不正がはびこった。

 現在の学力テストも既にゆがみはあらわだ。成績を上げようと、過去の問題を事前に繰り返し解かせる学校は少なくない。全日本教職員組合の調査では、4割以上の学校が特別な対策をしていた。学校別の成績公表が広がって現場への圧力は増し、以前のような不正も各地で起きている。

 成績上位校の校長名を公表した県や、成績が上がった学校に「応援費」を出した県もある。競争激化の歯止めが外れただけでなく、政治の介入によって教育の独立が損なわれかねない状況だ。

 今回の大阪市はその極みだろう。学校現場に強い反発があるのは当然だ。教育委員会はそれを踏まえ、市と正面から向き合う必要がある。あべこべに現場を抑えつけることがあってはならない。

 そもそも、自治体や学校に学力テストの実施を義務づける法的な根拠があるわけではない。自分たちの学校、地域で今後もこのテストを子どもたちに受けさせるべきなのか。それぞれの学校、教育委員会が主体的に考え、判断することが何より大切になる。

(9月19日)

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