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松本城の水路跡 高度な補強技術 底に複数枚の並べた板

板が敷かれた石組みの水路。くい列(左奧)の一部は19世紀のものと判明した=6日、松本市板が敷かれた石組みの水路。くい列(左奧)の一部は19世紀のものと判明した=6日、松本市
 松本市教育委員会が松本城の三の丸跡で進めている発掘調査で、外堀と外側の総堀をつなぐ水路跡の一部に、補強のためとみられる土木技術が使われていたことが分かった。水が総堀に流れ込む付近の底に複数の板が並べて敷かれていた。市教委によると付近には敵の侵入を防ぐくい列を設置した土塁があり、水路はその地下にあった「暗渠(あんきょ)」の可能性が高い。高度な技術が用いられたとみられ、全国的に珍しいという。

 水路跡は江戸時代に三の丸に並んでいた武家屋敷の敷地の境にあり、外堀の水位調整の機能があったと考えられている。東から西に向かって低くなっており、板が確認されたのは水圧が高くなる総堀に流れ込む付近。幅30〜40センチの板が複数枚、計1・5メートルほどにわたって並べてあるのを確認した。固定するためとみられる粘土も付着していた。

 市教委文化財課の三村竜一課長補佐は「暗渠だったとすれば土の重さに耐え得るものでなければならず、簡単に手入れできないため耐久性も求められる。高度な技術が使われたのではないか」とする。

 この土塁のくい列の一部は、近くで出土した焼き物の破片などから19世紀ごろのものとみられる。4月に確認された70本余のくいは16世紀末〜17世紀初頭のものとされていたが、さらに掘り進めたところ計約200本あった。新たに確認した約5メートルのくい列とその周辺で確認した約40本は、他と比べて短く細かった。200本は上部がとがっているものととがっていないものが混在し、防御用と土留め用があるとみられる。

 16日午後1時〜2時半に、現地説明会を開く。雨天中止。駐車場はない。

(12月7日)

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