長野県のニュース

在住朝鮮人戸籍情報の手帳 大本営地下壕建設の長野市松代

太平洋戦争末期の清野村の朝鮮人の戸籍を調べた手帳(画像の一部を加工しています)太平洋戦争末期の清野村の朝鮮人の戸籍を調べた手帳(画像の一部を加工しています)
 太平洋戦争末期に松代大本営地下壕(ごう)の建設工事があった長野市松代地区で、当時の清野村(現長野市松代町清野)に住んでいた朝鮮人の戸籍情報を克明に記した手帳6冊が見つかった。計166人の名前と出身地、職業や以前の日本国内の住所を記載。地下壕工事への従事を示す直接的な記述はないが、職業や以前の住所の記述などから、日本各地の鉱山採掘などの経験者が集められ工事に携わった可能性が強まっている。

 県内では昨年6月、松代大本営地下壕を中心とする県内の労働現場に動員された朝鮮人とその家族約2600人の名簿の存在が明らかになったばかり。この名簿と今回の手帳に記載された人名は、一部が重なっていることも分かった。戦後74年になる中、相次ぎ見つかる史料。研究者は、朝鮮人労働者の実態を解き明かす上で重要と注目している。

 見つかったのは、いずれも表紙に「内地在住朝鮮同胞戸籍及(および)寄留調査手帳」と記された縦15センチ、横10センチほどの手帳。県内の教員や元教員らでつくる県歴史教育者協議会副会長の飯島春光さん(65)=千曲市=が昨年9月、長野市松代町清野の女性から託された。女性宅の土蔵に保管されていたという。

 手帳には創氏改名後の名前と生年月日、職業、本籍、現在の住所、1943(昭和18)年3月1日現在の住所などの記入欄があり、それぞれに記入があった。手帳に印刷された趣旨によると、調査は45年2月、当時の日本の司法省が朝鮮人の徴兵に向けて実施。手帳を見つけた女性の祖父も調査員の一人として携わったという。

 職業欄には「坑夫」「進鑿夫(しんさくふ)」「斧指夫(よしさしふ)」などと記載された人がいた。坑夫は穴を掘る役割、進鑿夫は削岩機を扱う専門職、斧指夫は掘削面の崩壊を防ぐ作業を担った可能性があるという。一方、43年3月の住所欄には、鉱山のあった上伊那郡川島村(現辰野町)や秋田県鹿角郡大湯不老倉(現鹿角市)、同県北秋田郡前田村(現北秋田市)、地下壕工事があった東京都南多摩郡浅川町(現八王子市)などの地名が並んでいる。

 戦争遺跡に詳しい山田朗(あきら)・明治大教授(日本近現代政治史・軍事史)は、こうした職業や以前の住所に着目。「別の地域で鉱山や地下壕工事に携わった人たちが、専門技術を買われ、大本営地下壕工事に従事していた可能性がある」とみている。

(1月3日)

長野県のニュース(1月3日)