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江戸期の中山道 上松でつながる 伊能忠敬の地図と一致 町内ルートほぼ全容判明

上松町観光協会が見つけた旧中山道のルート上松町観光協会が見つけた旧中山道のルート
 木曽郡上松町観光協会は8日までに、町内で場所が分からなくなっていた旧中山道のルートを見つけた。江戸時代の測量家伊能忠敬(1745〜1818年)の測量による地図「大日本沿海輿地(よち)全図」に記されたルートと一致していることも確認。木曽地方ではここ数年、旧中山道を歩く外国人観光客が急増しており、整備を進めて町内への誘客にもつなげる構想だ。

 同町では、中央西線や国道19号バイパスの整備に伴い、かつての中山道は斜面ごと削られた部分もある。1950(昭和25)年の大火では町中心部がほとんど焼失し、中山道上松宿だった場所を再興しようとの動きもしぼんでいったという。

 一方、文化庁は2016年、有形、無形の文化財をテーマでまとめて地域の魅力を発信する「日本遺産」に、木曽郡6町村と塩尻市による「木曽路はすべて山の中〜山を守り山に生きる〜」を認定。上松町内でも林業や宿場の文化を見直そうとの機運が高まり、中山道のルート探しに乗り出した。

 同協会会員らは山中に入って中山道があったと地元に伝わる場所を歩き、形状からルートとみられる500メートル余の区間を見つけた。

 地域史に詳しい町民の助言を受けて中山道が記された伊能忠敬による地図とも照合。一里塚の場所などを頼りに縮尺を合わせて現在の地図と重ねると、今回見つけたルートと一致した。自然災害などでルートは時代ごとに何度も変わったとされるが、少なくとも地図が作られた江戸後期のルートが分かったことになる。

 木曽郡北部ではルートが分からない場所もあるが、これで上松町内ではほぼ全容がつかめた。歩けるように手入れするには地権者の協力なども必要となるが、大屋誠町長は「まず役場内にプロジェクトチームを設け、看板やトイレの設置から始めたい」と説明。同協会の見浦崇事務局長は「上松の中山道が整備され、木曽全体の中山道が昔のようにつながれば面白い」と夢を膨らませている。

(1月9日)

長野県のニュース(1月9日)